逆転裁判
The End of the World
前夜から雨が降っていた。夏に向かいかけの空気はただでさえじめじめとしていて雨が...
前夜から雨が降っていた。夏に向かいかけの空気はただでさえじめじめとしていて雨がそこに湿気を含ませるので桁違いに不快指数が上がった。空調の効いた建物の中に居てすらどことなく感じるまとわりつく湿気は鬱陶しい。帰り道を思うと余計に。約束があるから尚更に。
響也は霧のような小雨が降る窓の外を見ながら、せめて湿気が抜けるところまではゆかなくとも、雨くらい止めば良いのにと心の底から思った。
その願いが通じたのかはたまたは単なる偶然か(おそらくは後者であろう)、帰途に着く頃には相変わらず空には厚い雲がかかってはいたもののようやっと雨は止んでいた。邪魔なだけの折りたたみ傘を水分を拭き取り鞄に放り込んで、まだ薄く濡れた道を響也は急ぎ足に歩く。
浅い水たまりを避けるのももどかしく踏みつけていくので靴や服の裾は水がはねて少し汚れた。別にかまわないと思った。水たまりのない場所を選びながら歩くよりも真っ直ぐ突き進む方を彼は選んだ。今日は自分のほうが帰りが遅くなることはわかっていた。だから一分でも一秒でもそれが取るに足りないほどの時間でも早く、約束した場所に着きたかった。
服の裾がはねた水で重さを増したころ最後の角を曲がる。視線の先で待ち合わせの相手が振り返る。どんな人混みでもすぐにわかるというと人はそりゃああの髪型は中々いないしねえと笑う。自分は黙って笑い返すけどたとえば彼がごくごく普通の良くある髪型に良くある服装でとんでもない人混みの真ん中に居たとしてもやっぱり自分は一瞬でその人を見つけることができるだろうと響也は思う。
手を振ると法介は軽く会釈した。あんまり表情は変わらない。ちょっとくらい笑ってくれたら良いのにと、口には出さない。出したら何だか自分が空しくなるというのもある。出したところで実行してはくれまいというのもある。言って却下されたら余計空しいではないか。それなので黙っている。
あと数歩でたどり着くというとき、法介が少し目を見開いたので、一瞬響也は何事かと足を止めた。自分は何か妙なことをしただろうか。心当たりがない。ややあって法介の視線が自分ではなく自分の遙か後ろに向いているのに気づき、響也は後ろを振り返った。
紺碧から輝く赤への夕焼けの濃淡を背に、細い虹がすっくりと大きな円弧を描いていた。
青空ではなく夕映えを背負っているからか、一風変わった美しさを醸す虹に見惚れた後、響也は法介に視線を戻した。法介はまだ虹を一心に見やっていた。虹なんて久しぶりに見ましたと、彼は小さな声で言う。そもそも虹自体そうそう見られるものでは無い上に、日がな一日仕事に励んで帰りはいつも日没後、休みの日は返上もしくは朝から晩まで疲れを取るのに布団の中ではそりゃあ虹など目にすることはないだろう。きれいなものが見られて得をしたねと響也が言うよりも先に法介は言葉を続けた。小さな頃、虹の麓に行ってみたかった。虹が始まる場所は世界の果てで、きっときれいな光に包まれていて夢のように綺麗なのだと思っていた。そう言った。
法介は傍目に見てはっきりとわかるほど嬉しげな笑みを浮かべている。それが響也は嬉しくもあり、少々悔しくもあった。しょっちゅう顔を合わす自分よりも虹のほうが珍しいのは確かではあるが、自分を見たときよりもあからさまに表情に出ているというのは、いかがなものか。自然少々仏頂面になる響也など知らぬ存ぜぬで法介は空の彼方を見つめる。でもきっと世界の果てはとても遠いところだから自分には行くのは無理だと諦めたのだと呟きながら。
響也はもう一度虹を見た。世界の果て。確かに空を横切る虹は地平の向こうからやってくるようにも見える。あの麓が世界の果てなのだと、子供なら思うかも知れない。虹に包まれたとても美しいところだと。
響也は思う。ここが自分にとって世界の果てだ。この先にどんなに道が続いていても、どんな美しい場所があるのだとしても、ここがどこであっても。法介が立って自分を待っているこの場所が世界の果てだ。だって自分はここよりも先に行こうとどうしたって思えない。それはここが果てであるのと同義ではないか。
ねえおデコくん、虹の麓にいる人は、自分が虹の中にいることには気付かないんだってね。響也の言葉に法介は頷いた。離れたところから見るとわかるらしいんですけどね、もったいないですね。虹を見たまま法介は返す。せっかくあんなにきれいなものの真ん中にいるのに。憧憬のように。
じゃあきっと世界の果てにたどり着く幸せを知っている自分は、虹の中にいるよりも幸せに違いない。
虹を見つめる法介を見ながら、響也は一人心の奥で呟いた。
風呂に入る友達とのタイムトライアルで書きました(馬鹿か
とりあえずうちのサイトでは攻はから回ってなんぼの扱いを受けていますので
弟くんがどこまで幸せになれるかは未知数であります
2007年11月01日 06:16
