逆転裁判

薄氷

2005/11/15 昔のサイトでやってたお題「コーヒー」 ミツナル

 全く、君の担当している公判ほど見ていて危なっかしいものはないよ。
 そう言ってやると、彼は、一瞬言葉の意味を飲み込めずにきょとんと間抜けた表情を見せ、次に盛大な仏頂面に変わった。が、自分でも自覚はあるのだろう、強く言い返すでもなく、うるさいな、と小さく呟いただけで黙ってしまった。
 少し傾いた日が入る休憩室は薄ら寒い。バスの時間はもう少し先だった。外だろうとここだろうと寒々しさに変わりは無いだろうと自分は思うのだが、外で待つよりは建物の中のほうがいいと言ったのは彼だ。
 冷える指先を、紙コップを通して伝わる温度が暖める。中身は自動販売機のコーヒーだ。甘ったるい、インスタント以下の代物など、普段ならば全く買う気も飲む気も無いが、気付いてみたら既に二人分買っていた彼が手渡してくれたので、ありがたく頂いておいた。
 時々思い出したようにそのコーヒーを口に含む。やはりそれはいつもと変わらず甘ったるい。美味いという表現とはかけ離れた味だ。下に残る後味は砂糖水のほうが余程良い。昔初めて買って飲んだ時は、一口だけ飲み込んで残りはさっさと捨ててしまったことを思い出した。
 薄氷を踏むような、とは、君のためにあるような言葉だな。
 先の言葉に続けた追い打ちに、彼の眉間の皺はさらに深くなった。公判で冷や汗を流す以外はいつもいつも機嫌良く笑うばかりの脳天気弁護士が、こうも顔をしかめている様には、滅多にお目にかかれまい。少し可笑しかった。コーヒーに視線を移す。知らず、笑いがこぼれた。
 何だい、あの時は、ただでさえ薄いその氷を叩き割る真似をしたのは、君じゃあないか。
 予想しなかった反論に少し驚きながら彼に目をやると、彼は不機嫌というのとは違う、どちらかといえば、安堵といったほうが良いような表情で、空になった紙コップを潰しては折り曲げ、手持ち不沙汰を持て余していた。半分どこか遠くを見ているような視線が向けられている先は、あの裁判の日の記憶だろうか。薄い氷。人殺しの汚名を被せられようとしたときにさらに殺人を告白するとは確かに薄氷を叩き割る所行に違いない。
 渡らなくても良い薄い氷を走ってきたのは、君のほうだろう、お人好しめ。
 その言葉に、今度は彼は、かすかに眉をひそめ、それから勝ち誇ったような、満面の笑みを浮かべて、
 
 氷踏み抜いても助けに行ってやるから、覚悟しとくといいよ。
 
 そう言った。
 ふやけた紙コップの感触が、頼りなく指先に伝わる。まだ中身の入っているそれを、握り潰しそうになっているのに、すんでの所で気付いた。
 私まで一緒に氷水に沈めないでくれよ。
 わざと意地悪な物言いをしてやる。可愛くないこと言うねえ君、と、呆れたように、しかし楽しそうに、彼は笑った。
 笑った。
 
 ほんとうは、君となら
 どこへでも、落ちるのでも、沈むのでも、かまわないのだけれど。
 
 それは言わずに、ただ黙って、笑って返す。
 
 時計の針が進む。もうすぐバスが来る。そろそろ歩き始めないと多分次のバスには間に合わないのだが、彼は一向に立つ気配を見せない。時間に気付いていないのに違いない。
 教えようか。
 黙っていようか。
 考えながら、また一口コーヒーを飲んだ。
 黙っていればバス一本分隣にいられる時間が増えるので後者にしようと決めて素知らぬ顔で話に相槌を打つ。
 窓から差し込む傾きかけの陽はゆるやかに明るい。
 
 
 君と一緒だというただそれだけで
 温かいだけが取り柄の安コーヒーさえ価値を持つように
 どんな掃き溜めでも素晴らしい場所になる だから
 
 たとえばこの平穏が崩れる日が来ても 共に沈むのなら、それでもいい
 
  
 心底、そう思った。

2005/11/15 released
自分で作った15のお題の一つとして書いたやつです
お題は「コーヒー」でした(多分
 
ちょっとだけ「消される言葉消えない想い」に続く感じになってますね
一人残りたくない御剣
道連れにしたくない成歩堂
若干すれ違い気味ではありますが最後は再度ハッピエンドな方向で

2007年11月11日 02:53

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