Crashers

光るナイフと掴めない手のひら

どうせなら、此処で

 したくもない世間話を延々と続け、心の片隅にすら存在しない世辞を並べ立て、どうにかこうにか食事会を切り抜けて帰ってきた優士の機嫌は、もちろんどん底のさらに底である。
 もう、夜も更けていた。今日ばかりは他の仕事は忘れてとっとと眠ってしまおうと、やっと辿り着いた自室で彼はコートを脱いだ。正確に言うと、脱ごうとした。
 彼の動きは、片腕をコートから引き抜いたところで止まっていた。視線の先は、上着の肩にひらり一枚張り付いた桜の花弁だった。
 移動はほとんど車だったというのに一体どこで拾ってきたのか、紅色と表現するには薄いと付けてもなお足りない、いっそ白と言った方が近いような色。小指の爪ほどの小さな花弁から目を離せない理由を知っている。
 会ったのは、桜の季節だった。
 何処かへ行ってしまったのも、桜の咲く頃だった。
 そうやって思い出すときに自分の中に込み上げてくる溢れ出しそうな感情は、けして懐かしさでは無い。だからといって、探して見つかることもなく、呼んで届くわけもなく、ただその遣る瀬無さを持て余すことしかできない。
 幸せにしているだろうかという感傷的な自問に意味などあるはずもない。ひとを殺す生活に幸せも不幸せもあるだろうか。いつか立ち上がれなくなる日は必ずやってくる。それが近いか遠いか、それだけの話で。
 どうせ何処にも行けなくなるのなら、此処で崩れ落ちてしまえば良い、のに。
 そう思った。それを自覚した。そして苦笑した。
 傍に置いておけるなら傷ついてしまってもかまわないと心の何処かで思いながら自分の手で傷つけることは選べない、それは優しさでも正しさでもなく、卑怯とか臆病とかいう言葉で語られるべき狡さだ。
 桜の白さが目に染みる。
 愛と呼ぶにはいびつでも、それでも、捨ててしまえない。
 コートを脱いでほんの少しの間目を閉じた。
 薄く光の透ける何も無い暗闇にすら、記憶の笑顔が浮かんだ。

自分で15個ほど考えたお題で書いたもの
ジャンル混合でやってたのに超ドン亀更新…
終了ならずでした(|||´Д`)
 
こちらは「選択肢」というお題でありました
超短い上にえらい暗くてもうなんともorz

2006年07月10日 11:21

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余白

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