Crashers
真夏
夏の日差しと君のてのひら
連日の炎天下の中でも突出した不快指数の高さではないかと思える蒸し暑さに閉口する。剥き出しの二の腕に容赦ない太陽の光が痛いが、さりとて袖のある服は暑苦しくてやってられない。
「何で、こんな日に…」
「仕方ないだろう。オマエの見たい映画とやらが、今日最終日なんだ。あまりぼやくな」
熱を持つアスファルトに陽炎が揺らめく。
バス停までの道のりはこんなに長かったっけ、昨日はこんなに暑かったっけと、愚痴ばかりが脳裏を過ぎた。
「暑い~…」
「だから車のほうがいいんじゃないかと言ったんだが」
熱気にかすむ路面を歩きながらぐったりとへたばる蘭とは対照的に、優士は涼しげとさえ言える様子で笑っている。
「車止める場所近くに無いよ、あの映画館」
目的の映画はよりにもよって、繁華街の只中、殆ど駐車場も無いかあるいは大混雑という立地の映画館でしかやっていない、ローカルな洋画なのだ。そして今日行かなければ上映終了ときている。何でそんなものを見たいと思ってしまったんだろうと、昨日の夜の自分が恨めしくさえなった。
しかも駅から遠いときた。最寄り駅に着いても、電車を降りてからさらに今と同じ苦行が待っている。
「暑…」
あまりの暑さに、頭がぼやけた。まだ家を出て十数分しか経っていないというのに、身体がだるい。やはり最寄り駅までは送ってもらえばよかったのか、と後悔が沸いてくるのだが。
何も車を停める場所が無いという理由だけなら、わざわざ徒歩で行く必要は無い。同行している人間は本庄家の当主様。送り迎えなど当然のように付いている。それをわざわざ好きこのんでこのクソ暑い中歩くのは、あの大きな外車は、何だか落ち着かなくて好きではないからだ。
優士もそれを分かっていて、徒歩で行くことを承知したのだろうと思う。考えてみれば、自分のわがままに付きあわされているのは彼のほうだ。
「暑い…」
「見目だけは涼しげなのにな」
優士が笑う。蘭の色の白さとか、服装とか。そういったものをさして涼しげと称しているのだが、お前のほうこそ余程涼しい顔をしてると、蘭は思った。
やっと見えてきたバス停には、先客が数人待っていた。時刻表を見ると、待ち時間は十五分程度。本屋で過ごせばあっという間だが、不快に耐えながらの十五分は酷く長い。時計の針は本当に常に同じ早さで動いているのだろうかと疑いたくもなる。
うんざりしながら列の後ろに廻る。暑い。兎に角暑い。足元が浮いているような気さえした。
「もう少しそっちに寄ってくれ」
優士の言葉に、前の人間にかなり近いところまで歩を進めた。密着すれば暑い。あまり近づきたくないし相手も近づかれたくないだろう。しかし此処まで暑いといっそ体温のほうが低いのではなどと馬鹿なことを考えた。
ぼうっと車の行きかう車道に視線を惑わせた。
窓硝子やバンパーに強い光がきらきらとはねて眩しい。
目が痛くなり、足元に目をやったところで、ふと、気付いた。
サンダル履きの自分の足に落ちる、まだらの影。見上げると、大きな木が枝をせり出して、それが影をつくっていた。ぎりぎり、自分の立っている場所まで。
はっとして隣の優士を見る。
相変わらず涼しげな顔をして立っている彼の白いシャツには、くっきりとしたコントラストで布の皺がたわんでいた。
何も言わなくても、暑くないはずが無い。腕や額にうっすらと汗が滲んでいる。
『もう少しそっちに』
影に入れてくれようとしたのだと、今更気付く。
当の自分は日の照りつけるところで、何でもないような表情で立ったまま。
そもそも何故こんなところでへたばりながらバスを待つ羽目になっているのかといえば(それも本庄家の御当主が!)自分が車を嫌がったせいで、けっして優士の自業自得ではないのであって。
それなのに何も言わない。
髪がわずかな風にあおられて光に透けた。
視線に気付いた優士が、顔を覗き込んで、
「ああ、やっぱり日焼けしてる」
手のひらを頬に寄せてきても、それを振り払えない。
触れた手がおそらく感じているだろう熱は、きっと暑さのせいではない。
冷たくも何ともないその手のひらが心地良いのは何故だろうと、惚けた頭で考えた。
蘭が乙女だ…(|||´Д`)
2002年09月22日 22:32
