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   <updated>2008-04-30T14:52:04Z</updated>
   <subtitle>らくがきおきば　ジャンルごったに</subtitle>
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   <title> 「beloved/hated」 序章</title>
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   <published>2008-04-30T07:39:59Z</published>
   <updated>2008-04-30T14:52:04Z</updated>
   
   <summary>Hello, Hello, ripper sorrow.</summary>
   <author>
      <name>野道</name>
      
   </author>
         <category term="Book Sample" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="14" label="sample" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://08140305.com/main/">
      　目覚めは、あまりにも出し抜けだった。
　彼は闇の真ん中で目を開けた。それと同時に意識というものも働き始めた。だが周りの闇が一体何なのかはわからなかった。
　いや、それどころではない。彼は何もわからなかった。
　ここはどこだろう？　自分はどうしてこんなところにいるのだろう？　どうしてこんなところで眠っていたのだろう？　本当に眠っていたのだろうか？　何かあって意識を失っていたのではないのか？　ああ、そういえば、ここに来る前に自分はどこに居たのだった？　――そもそも、自分は何者だろう？
　それらの、わかっていて当然のことが、空気がそこにあるのと同じくらいに当たり前のことが、何一つ、彼にはわからなかった。
　闇は濃い。だが、それは何の拠り所にもならない濃さだ。身体を預ければ預けた分だけ、飲み込まれていく深泥だ。
　彼は、くるり辺りを見回した。
　墓が見えた。崩れかけの墓石が、白々と闇に浮いていた。
　後ろ側に頭を向けた。
　派手に破れ朽ちかけた黒いコートがあった。傍には、乾き砕けた白い欠片が折り重なり、ぼんやりと浮かび上がっていた。
　風でもあれば、その危うい小山は、いとも簡単に崩れ落ち、からりと音を立てそうだった。だが生憎空気は僅かにも動かない。時間が動いてないのではないかと思えるほどに、ここでは何も聞こえなかったし、何も動かなかった。
　最後に彼は自分の身体を見下ろした。黒くて裾の長い服を着ている。いや、着込んでいるといったほうが正しいか。窮屈一歩手前のきっちりとした意匠の服だ。合わせの留め金を、上から下まで止めている様は、よく言えば真面目、悪く言えば堅苦しい。
　厳めしい作りとは裏腹に、丈は余っていた。幅も余っていた。誂えたような上等の服なのに、何故身の丈に合わせていないのか、それもわからない。
　両の手のひらを目の高さに掲げてみた。欠けた墓石に負けず白かった。細く弱々しく頼りなく見えた。力はなさそうだ。武器を――剣や槍といった、重量級の獲物を振り回すことなど叶わなそうな、痩せた手首が、ずり落ちたぶかぶかの袖から覗いている。
　ああどうしよう。どうしよう？　どこへいこう？　なにをしよう？　なにもおもいうかばない。なにもわからない。どうしよう。どうしよう？
　真っさらな意識を持て余しながら、荒涼の真ん中にぺたりと腰を下ろしたまま、彼は、ただ途方に暮れた。
　そのとき視界の遙か彼方に現れた人影のようなものに気づかなければ、彼はいつまでたってもそこにいたかもしれない。そうして誰かが彼を見つけたかもしれないし、誰も見つけなかったかもしれない。何も、何も見つからなかったかもしれない。
　だが、今このとき、彼は自分の視線の先に、人の形をした影を見つけたのだ。そしてそこへ行ってみようと思い立った。自分が何者かなんて相手は知らないだろう。しかし、何もわからない自分が何をすべきかを、教えてくれるかもしれない。そんな薄淡い期待を覚えたからだ。
　ゆっくりと彼は歩いていった。人影の背中は段々と大きくなっていった。
　男のようだった。細身だが、しっかりとした骨格と無駄なく鍛えた筋肉が身体を作っている。布でできた貫頭衣と肩掛けの下に鎖帷子を着込み、腰には二本の剣を帯いているところからして、戦闘を生業とする者なのだろう。
　後ろ姿からなので顔立ちはわからない。ただ、金髪なのは見て取れた。暗闇の中でも美しい短めの金髪だ。
　近づくにつれ、あれは少年ではないかという思いが強さを増した。背丈はさほど高くなく、鍛えられていながらも身体の線はどこか柔らかい。大人の男の、筋肉の存在が無遠慮に剥き出しになった直線的な骨格や輪郭とは違う。それはどんなに鍛え上げ剣に慣れたとしてもやはり存在する、大人と子供との境目だ。
　何かを探しているようだ、と感じられた。ひたとどこか一点に視線を向けているらしい。頭を微塵も動かさず、すっくりと闇に映えて立つ姿からは、探す、という、迷いにも似た姿勢は、露も見て取れない。それなのに何故そう思えたのかは、わからなかった。
　彼は、少年に声をかけた。
　次の瞬間、振り向きざまに向けられたのは剣だった。誰何の言葉のひとつもなく、流れるような動作で引き抜かれた長剣の切っ先が、彼の鼻先で止まっていた。
　牽制といえる勢いではなかった。間違いなく、明白な殺意が、そこには込められていた。それならば、どうして鋭く冷ややかに燦めく切っ先は、文字通り目と鼻の先に来てまで、止まってしまったのだろう？
　今にも睫毛に触れそうなほど近く、ひたりと自分に定められた切っ先を前に、彼はただ、目を見開き、呆然と立ち尽くした。さっき墓に囲まれて座り込んでいたときと同じ表情を浮かべていた。何もわからず、途方に暮れた、頼りなげな、そんな顔をしていた。
　剣を振り向けた少年もまた、よく似た表情をその面に張り付けていた。顔立ちもやはり大人というにはまだ幼い。振り返った瞬間には、切っ先に込められた殺意と同等の険しさを、眦と唇に滲ませていたが、それでも造形に残る幼さがその剣呑をかすかに鈍らせていた。ましてや今の、瞼を一杯に開いた、当惑も顕わな様子は、年若さを際立たせるばかりだった。
　二人、どれくらい、突っ立っていただろうか。
　少年は剣を下ろした。抜いたときよりはゆっくりと、どこかためらいがちに、切っ先は地面を向いた。その軌跡は円弧に近い形を描き、闇を映す視界にほんの一瞬、さざめくような残像を残した。
　目の高さが同じくらいだった。少年の瞼に張り詰めた緊張が、わずかに緩むのが見えた。
　――どうしてこんなところにいる？
　少年は、低く抑えた声で短く言い放った。抑揚のない、小さな声だった。しかし静かなこの闇では、暴力的なまでにはっきりと響く。
　その問いに、彼は、わからないと答えた。そうとしか答えようがなかった。だって本当にわからないのだ。何も、何一つ。
　目が覚めたらここにいたけれどなんにもわからない。どうしてここにいたのかも自分がいったいなんなのかもわからない。どうすればいい？　どこにいけばいい？細く白い手を胸の真ん中で握り合わせ、彼はそう訴えてみた。
　少年はほんの少し首を傾げた。そこにあるのは迷いか、当惑か、逡巡か。浮かべた表情を名状し難いのは、少年がそこに感情をかすかにしか覗かせていないからだ。どうとも取れる。迷いと言われればそれは迷いだし、逡巡と言われればそうとも思える。
　しんとして静かだった。小石が転がる音さえ聞こえなかった。ただ、息をするのに合わせて少年の胸が上下し、その瞼が時折閉じては開いたから、時間は止まってはいないのだとわかった。
　呼吸何度分くらいの時間が経っただろう。
　少年は剣の柄を掴んでいない方の手を差し出した。おいでと、言ったように思った。本当に言ったのかもしれないが、差し出された手を食い入るように見詰めていた彼には、声が聞こえたのか聞こえていないのかよくわからなかった。
　革手袋をはめた手のひらを前に、しばらく彼は躊躇うばかりだったが、促すように少年の指先が緩く曲げられて、ようやく彼は、握り合わせた手を解き、細い指で恐る恐る少年の手に触れた。
　少年は彼の手を引いて歩き出した。どこへ行くとも何をするとも言わない。弱くはなくさりとて強くもない、振り払うのも容易い微妙な力加減で彼の手を握りしめ、黙って少年は歩いた。
　彼は大人しく後に付き従った。少年の行く先ではなく、その後ろ姿から目を離さずに歩いた。余計なもののついていない、細身だがかっちりとした輪郭の項に、淡い金髪の裾が被っている。肩掛けの刺繍に使われた藍と赤の色糸が美しく、それが色の薄い金髪によく似合いで一層見栄え良かった。
　知っているように思われた。
　その背中を知っているのだと、感じた。
　何故、そんな気分になったのだろう？　前にもその背中を見たことがあったと。だが知っているという前提で、もっとはっきりとした記憶を引っ張り出そうとしても、曖昧模糊として始末にゆかない。
　手を引かれるままに歩きながら考えていると、やはり違うのではとも思えてくる。自分の記憶の奥にあるよく似た背中はもう少し小さかった気がする。もう少し細かった気がする。こんなふうに、しっかりとした足取りで歩いてはいなかった、気がする。
　何もかもよくわからなかった。
　一歩前を歩いてゆく少年の、体温も何もわからない、革手袋をはめた手だけが、確かだった。
      特攻野ROでの新刊予定のDOP本「beloved/hated」の序章公開
例によってまだ完成してませんが何か　何か？_|￣|.......((○ 
もちろん自分を追い込む意味合いを込めています　もう後には引けないという
　
ちょっと変わり種かもしれない話
そしてうちの鬱ラインナップの中でも結構なワーストですので
お嫌いな方は手に取られませぬよう…！
ってこんなところで言ってもしゃあないっちゃしゃあないですが(nﾟωﾟ`)
　
当日注意書きでも貼っておくべきですかね
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   <title>Never more, No more.</title>
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   <published>2008-04-14T15:03:07Z</published>
   <updated>2008-04-14T17:17:42Z</updated>
   
   <summary>笑ってる顔しか思い出せない</summary>
   <author>
      <name>野道</name>
      
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      <![CDATA[<img src="http://08140305.com/img_illust/ro/ll_color_08.jpg" border="0">
　
前回のDOPとおそろいみたく描いてみたプリさん
プリさんには羽がないのでストールを羽のようにはためかせてみました
DOPにだって羽はねえだろとは言ってはいけませｎ
　
トップ絵にすること前提で描くときは数枚同じような感じで描くことが多いので
そうするとジャンル混合でも同じような雰囲気の絵をまとめて置いておきたいのですが（自分がわかりやすいし
閲覧する皆様はジャンルごとにわけてあったほうが見やすいよなぁというジレンマ
　
それでめんどくさくなってログ流してちゃ本末転倒きわまりないんですけどね…！]]>
      
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   <title>Sadness of lost</title>
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   <published>2008-04-04T00:15:30Z</published>
   <updated>2008-04-04T00:27:40Z</updated>
   
   <summary>その眼の奥に　つめたくあかく燃えるのは</summary>
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      <name>野道</name>
      
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      <![CDATA[<img src="http://08140305.com/img_illust/ro/ll_color_07.jpg" border="0">
　
とりあえずイラスト頁の方に入れられないので一旦ここに置いておきますねｎ(･ω･)ｎ
何故入れられないのかは割愛
いつものトップ絵のように「ログ残すのがﾏﾝﾄﾞｸｾ」という理由ではない(|||´Д｀)
　
本当にDOP大好きだなと言われそうですが
ああ大好きさ！(ﾟ∀ﾟ)
と開き直っておきます（お前
　
使ってる花モチーフはフォトショップのブラシです
えらい綺麗なのを見つけたので使ってみました
大変良い感じのブラシなのでしばらくこれで色々遊んでみようと思います
鉛筆正装シリーズどうしたよとは聞かないでくださいorz]]>
      
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   <title>06.足音</title>
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   <published>2008-03-07T13:48:41Z</published>
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   <summary>進む時計の針　迫るのは運命の日</summary>
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      <name>野道</name>
      
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      　シャルスは居間のソファに座って膝に載せた本の頁をめくっていた。
　読んではいない。見ているだけである。そこに書いてある言葉のほとんどを、彼は理解することはできないからだ。
　相当な厚みを持った、黒い革張りの大きな本の背には、金の箔で美しい文字の題が記されている。それは聖書だった。それも一般庶民向けに通用語で書かれた平易なものではなく、聖職者のための教典だ。シャルスは並以上に賢くはあったが、神聖言語を習ったことはない。従ってその教典は彼にとっては聞いたこともない外国語で書かれているのと変わらない代物で、当然ながら読むことはできないのだ。
　読めもしない本を開くのは相応の理由がある。細かな字が並んだ重たい聖書の厚みの半分近くが、精緻で美しい挿絵なのである。見ているだけで良かった。挿絵を眺めていれば、夜毎語ってもらった神話の物語が優しい声と共に頭に浮かんで、退屈はしなかった。
　その本に並んでいる文字の羅列の中で、唯一彼が理解できるのは、裏表紙を開いたところにあるたった三行の手書きの文字だけだ。
『我が愛し子に幸せあれ』
　一行目にはそう書いてあるのだと、教えてくれたのはノイエだ。そのすぐ下にはノイエ自身の名前が書いてある。その聖書は元はノイエのものだった。神学校に入学するときに、父、アーネストから送られたものだという。本の最後に言葉と名前を書き入れたのもアーネストである。シャルスは最後の頁に並んだ文字を見ると、昔自分の様子を時折見に来たアーネストのことを思い出す。朧気ではあるが、それでも自分自身の父親よりははっきりと脳裏に思い描くことが出来た。
　その優しげに笑う背の高い男を、自分の父親だと間違えていたころもあったように思う。何故そんな勘違いをしたのかと言えば、それは単純にアーネストのほうが、実の父よりも遙かにシャルスの元を訪れる回数が多かったからだ。
　おまけにシャルスの父という人間は、来るたび顔をしかめてこの場に立っているのも不愉快だと言わんばかりの表情だった。そして誰もそれがお前の父親だとはシャルスに言わなかった。父と思えというのが無理な話なのだ。母はシャルスに優しかったからなおのこと、親は子供に優しいものだという当たり前の認識をシャルスも持っており、だからあの不機嫌そうな男を父親とみなさなかった。
　アーネストの優しい声を思い出すたび、少し胸が痛む。だがそれは自分の実の父親と比較してのことではない。
　自身の父が自分を疎んじていることはシャルスはもうとうに知っていたけれど、だから父親を恨むとか憎むとかそういうことは無かった。仮にも父親という存在に、愛されたいという感情が涌かないのは、子供を愛するどころか徹頭徹尾疎んじる父親と同等に、薄情なのかも知れない。しかしほとんど会ったこともなく言葉を交わしたこともないのなら他人と変わるまい。ただでさえ不吉と言われる双子、それもよくない星見がされたのなら無理もなかろうと、この地下に送ったことさえ仕方のないことだろうと、まるで他人事のようにシャルスは思っていた。
　それはシャルスが人並み以上に聞き分けの良い子供だったからかと言えば、半分は是で、半分は否だろう。彼は父親から欠片の愛情も与えられなかったが、それを補って余りあるほど優しい手を知っていた。その優しさだけで十分満たされたから、それ以上を彼は望まなかった。
　胸が痛むのは、自分には居ない優しい父親を羨むからではないのだ。
　何もわからなかった幼い自分にアーネストが笑いかけて抱き上げてくれたのをシャルスは覚えている。縁もゆかりも無いとまでは言えなくとも、他人の、それも不吉な預言の為された子供に、あんなにも優しく笑うのならば、自分自身の子供はどんなに可愛がっていることだろう。その子供とはアナイスであり、ダナエであり、シュバルツであり、ヴェルセンであり、そしてノイエリーフェである。五人の子供はきっと彼の代え難い宝物に違いない。幸せあれといついかなる時でも願うほど。
　その優しい父親から子供の一人を遠ざけたのは自分であると、シャルスは自覚していた。だからアーネストの心からの祈りを目にするたびに少し胸が痛む。アーネストへの直接の後ろめたさと、それを自覚して尚、こんな地下まで付き合うことはないのだとノイエに言えない自分の弱さが彼の心を苛んだ。
　最後の頁を開く。黒のインクで記された文字の三行目は、他の二行と筆跡が違う。その三行目をゆっくりと指でなぞる。書き足したのはノイエで、書いてあるのはシャルスの名前だ。今はこの聖書はシャルスのものなのである。
　シャルスがノイエからこれを譲られたのは数年前、この地下に来た後だ。元々神話の物語が好きで寝る前などにはしょっちゅうせがんでいた。そこへもってきて、こちらに来てからというもの、ノイエが所用で実家に戻るときには必ずこの聖書を貸してくれとシャルスが言うので、ノイエはその聖書をシャルスに譲り渡してしまったのだ。
　そんなに気に入っているのならあなたにあげます、大事にしてくださいねと、ノイエは最後の頁、自分の名前の下にシャルスの名を書き入れて渡した。勿論シャルスはその分厚い重い本をとても大事にしている。だが普段は本棚から出してくることはない。彼がこれを開くのは、ノイエが不在のときだけだ。
　今日はここにノイエは居ない。二日ほど前から、国へ帰っていた。帰ってくるのはしばらく先のことだ。いつもよりも静かな部屋。柔らかいソファは一人では広すぎる。
　聖書には小さな紫の飾りが付けられた銀の栞が挟まっていた。それはノイエの兄、アナイスが、いつだったか手紙と一緒に寄越したものだった。二人に一枚ずつと、手紙には書いてあった。羽や花をかたどった細かな模様を切り抜いた銀細工の栞。一方には紫の、一方には青の石が、細い銀鎖で下がっていた。
一目見ればアナイスがそれぞれをどちらに贈るつもりのものだったのか、誰でもすぐに見て取っただろう。だがシャルスは彼に贈られるはずだっただろうものではなく、もう一方を手に取った。ノイエは不思議そうに首を傾げながら、しかし何も異を唱えずに残った方を取った。
　栞に繋がる銀鎖に下がった貴石。紫はノイエ、青はシャルスの、瞳と同じ色の石だ。シャルスは自分よりもノイエの瞳と同じ色のものが欲しかった。世界で一番好きな相手の瞳の色、世界で一番好きな色が、欲しかったのだ。
　その栞が挟まった頁を開く。しゃらん、と銀鎖が小さく鳴る。静かな部屋にそのさらさらとした音が響いて消えてゆく。
　そこには神の一人が描かれていた。バルドルという名前らしい。主神オーディンの息子。光の神。神話でどういう位置を占める存在なのかは余すところ無く知っている。けれどそんなことはどうだっていい。この神の絵があるページばかり開くのはただ一つ、その面差しがほんの少しノイエに似ているからだった。
　本当はその髪や目の色はノイエとは違うらしいのだが、白黒の銅版画ではわからない。勝手に鳶色の髪と紫の目を重ねて美しい挿絵を眺める。それで少しは不在の寂しさが紛れた。
　ノイエは国王の、つまりはシャルスの父親の聖誕祭に出席するべく国に帰っていた。新年の式典に続く大きな行事である。聖誕祭が終わって一月もすれば、次は皇太子の誕生祝いが控えていた。今年で皇太子は十五、形式上は大人と認められ、正式に王位継承者の座につく。それは王子が生まれた日からずっと国民が待ち望んでいた日であると同時に、長らく二人が待ち続けた日でもあった。
　自身の意志と言葉が意味を持つ日。そうして国を捨てると誓えば、シャルスは生まれて初めて、自由に外の世界を歩くことを許される。
　彼は知っている。自分を慈しんでくれる優しい人が、どれほどその日を待ち望んでいるか。それでシャルスが幸せになれると信じ、自身の幸せを願うように、いいやそれ以上に、心から願ってくれている。だからシャルスも待っている。その日が来ればきっとノイエは笑うからだ。けれど本当は、シャルスは、心の何処かで、ずっとこのままのほうが良いとすら思っていた。
　彼は馬鹿ではなかった。むしろ賢かった。自由とはすなわち別れを意味することも理解していた。いくら末子とはいえ、長兄アナイスをも凌ぐと言われるほどの力を有し、王家に連なる身分であるノイエが、何も持たないただ身一つの人間と在ることなど許されはしまい。それならいっそ、このまま地下で二人いられたら。そう思ってしまう。そしてまた、その望みの後ろ暗さを自覚せずに居られるほどシャルスは厚顔でも無いのが悲しい。
　十五年。
　物心も付かぬ内から続いた、待つことしかできなかった日々がもうすぐ終わる。
　その年月は辛くはなかった。こう言えば人は嘘か強がりだと思うかも知れない。だけど心底、偽り無く、苦痛ではなかった。終わりを惜しんでしまうほど、少なくとも自分は、幸せだったのだ。
　挿絵に視線を落とす。厚手の白い紙に描かれた少年はほのかに笑んでいる。指先でゆっくりと紙肌を撫でた。冷たくはないが温かくもない。時計に目をやった。針は正午過ぎを指していた。
　式典は明日である。ノイエは今何をしているだろう？　家族と食事だろうか？　離れているのは寂しいが、ノイエは普段滅多と逢えない（そしてそのような状況に置かれざるを得ない元凶は自分である）家族に逢えているのだから、楽しく過ごせていれば良いと、シャルスは思った。
　
　
　朱い絨毯が端から端まで敷き詰められた長い廊下を、ノイエは心持ち足早に歩いていた。城は広い。部屋をいくつか回るだけで時間を取られる。本当ならもう家に帰って食事の時間だった筈だが、久方ぶりに顔を合わせた皇太子、ユリスファータがなかなかノイエを離してくれなかった。会わなかった数ヶ月の間の出来事を聞き終わって気付いてみればもう昼過ぎだ。
　年の殆どを不在にしているノイエは、帰った翌日を挨拶回りに費やす。国王と皇太子は勿論のこと、神学校、騎士団、重臣、官僚詰め所、果ては昔ユリスファータのところに通っていた際に世話になった女官の面々にまで。お忙しいでしょうに私たちのところにまでおいでにならなくてもと、その度に彼女らは言うのだが、普段ご無沙汰していますからとノイエは笑う。
　このまま挨拶回りを続けていては、終わる頃には夕方になりそうだ。他のところは午後に回して一旦帰宅するかと考え、階段に足を向けたところだった。
「ノイエリーフェ？　帰ってたのか」
　背中から声をかけられた。
　振り向いた先には背の高い騎士が屈託の無い笑みを浮かべて手を振っている。
「お久しぶりです、リージェス。元気ですか？」
　ノイエも笑い返し、騎士の傍へと歩み寄った。
　淡い色の金髪と薄蒼い目に朱のマントが映える、端正な顔立ちの青年である。リージェス＝グリッサンドという名の彼は、ノイエの幼馴染みだった。年はリージェスのほうがいくらか上だ。親同士が旧知だったため、幼い頃から兄弟ともどもよく遊んだ。シャルスの元に行くようになって余暇がほとんど無くなってからも、国を離れて数年たった今も付き合いの続く、数少ない友人だった。
「明後日の式典のために一時帰国しました。皆準備に追われているのでしょう？　手伝えなくて申し訳ありません」
「たまに帰ってきたというのにそれだ。気を遣いすぎだろう。家でゆっくりしていれば良いのに」
　リージェスは呆れたように笑った。どちらかといえば冷たさを感じさせる、整いすぎといってもいい容貌だが、笑うと少しそれが和らぐ。
「そうもいかないでしょう。ずっと国を空けているのだから、こんなときくらい御挨拶しないと」
　肩を竦めるノイエが身につけているのは正装だ。ノイエは正式に国王に謁見するのでも無い限り、それを身につける必要は無い。彼もまた、王族に連なる血筋の者だからだ。しかしノイエは挨拶のときには正装を着込むのが常だった。相手に失礼だからというのだ。誰もそんなふうに受け取りはしないのにと、リージェスは思う。
　黒の帽子と外套は、式典礼装ほどではないが、堅苦しく、窮屈そうに見える。勿論採寸して丁度に誂えたものなのだから本当に窮屈なわけではない。しかし、優しげでまだ幼さの残る容貌に、銀糸の刺繍で埋め尽くされた黒の分厚い布地の長衣は、どこか不似合いだと見る者に思わせた。正式に司祭の資格を得て久しい今でも尚。
「次の春で留学は終わりなんだったか。長かったな」
　はい、と答えたノイエの笑みは、しかし曖昧だった。その曖昧さに気付かないまま、リージェスは、戻ってくるのを楽しみにしていると笑った。
　廊下の向こうの方から響いたのはリージェスを呼ぶ仲間の声だ。リージェスは今行くと返事をし、ああくそ忌々しい、と、騎士にあるまじき台詞を小声で付け加える。それを聞いてノイエは思わず吹き出す。
「貴方に夢中のご令嬢方が聞いたら目を丸くしますよ」
　くすくすと笑い、
「昔と変わりませんね」
　懐かしそうに、目を細めた。
　リージェスは唇を閉じ息を止め、それから、変わらないのはお前のほうだと呟いた。ノイエは、変わりませんかと尋ねようとしてその言葉を飲み込んだ。
　さっきとは違う声が、またリージェスを呼ぶ。急ぎらしい。リージェスは顔をしかめ、それじゃあまたゆっくり話でもしよう、と諦めたように言って、今行くと叫び、廊下の向こうへと走り去った。知った顔と知らない顔が行き交う廊下、ノイエは、何人もから向けられる会釈に挨拶を返しながら、リージェスの背中が曲がり角の向こうに消えるまで見送った。
　
　長かったな。
　
　リージェスの言葉を、反芻して、ほんの一瞬目を閉じる。
　そうだ、長かった。シャルスが生まれておよそ十五年、出会ってからだけでも十年以上。待った年月は長かった。初めてあの幼子に会ったあの日、自分がそれまで生きてきたよりもまだ長い孤独をこの子は強いられるのだと知ったとき、その日々を確かに長いと思った。過ぎてみれば思いの外短かったように感じられはしても十年という月日はその言葉通り、数字通りの長さでもって過去に横たわっている。
　それだけ待ち続けた望んだ日がやっとくるのに。
　どうしてだろう？　それが怖い。
　ただ静かに平穏に進み続けた時計の針、どうして最後まで進んでいくと、信じ切れないのか。
　ふいに根拠も無く不安が沸き上がる。その回数が日に日に増えていく。
　風が吹いて窓に嵌め込まれた硝子が音を立てた。外に目をやると、晴れた空から雪が舞っていた。寒い筈である。風花とはよく言ったものだ、散り乱れる花片のように、青空を背にして牡丹雪が降る。
　あら綺麗、と、通りがかりの女官が感嘆の声を上げた。
　言葉のままだ。窓枠に切り取られた雪花舞う青空は美しかった。昔はただ楽しんだその美しさに、言いしれぬ哀しみを覚えるようになったのはいつからか。
　そういう他愛ない美しいもので世界は満たされている。それはたとえばほんの少し窓の外に目を向けるだけで、あるいは外に出るだけで、容易く享受することのできるありふれた幸福だ。人が幸福とも思わず手にする当たり前の日常だ。そのほとんど全てを知らずにシャルスは生きてきた。
　ノイエは祈る。
　
　ああどうか、どうか、後たった二月なのです、どうか無事に過ぎてください。
　そうしたらあの子はやっと謂われのない罰から解放されるのです。
　陽の光の下を誰はばかることなく歩く当然の権利を手に入れることができるのです。
　それすらもあの子には過ぎた望みだというのなら、あの子は一体、なんの、ために――
　
　その先を、自身の心の内でさえ、ノイエは言葉に出来なかった。心で問うて誰も答えを返さないのは知っている。だけれども問いを形にすれば、是と返ってくる余地を与えるようで、怖ろしい。
　式典のために何時にも増して豪奢に飾られた城に、真青の空から雪が降る様は、花散るようでもあり、羽根が舞い落ちるようでもある。白い羽根が城を包む。それはまるでこの国において神にも等しい存在である王の生誕を天が祝福しているかのごとくだ。
　そんな大それた祝福など、望まない。
　シャルスが生まれたのは早春だ。雪が消え空気が暖かさを増し緑芽吹く、その美しい季節に、明るい陽光の下で、誕生を祝ったことは一度も無かった。何故ならその日は皇太子の聖誕祝典の日でもあるからだ。当然ノイエも列席せねばならない。朝から晩まで、いいやそれどころか前後一週間ほども、シャルスのところへ行くことは叶わない。ノイエが来ない日にシャルスが外へ出ることはけして許されない。だからシャルスの誕生日はいつも、地下に送られる前ですら、北の外れ、僅かな時間しか日の光差し込まぬ薄暗い部屋の中だけで終わったのだ。
　ノイエは胸の前で手を組み祈る。聖職者から一般人まで、神に祈るときは大方が両の手指を絡み合わせる。けれどノイエはそうしなかった。子供の手を引くがごとくに、片手でもう一方の手のひらを握りしめていた。
　そこに感じるのは自らの体温と、細く冷えやすい骨張った指のやわらかい皮膚だけだ。けれどそこに別のものを探しノイエは強く強く手を掴む。
　白亜の城、羽根舞うように白い雪が降る。
　数えることもあたわぬほどに、後から後から終わりを知らず祝福が舞い下りる。
　
　そのひとかけらさえ望みはしないから
　――どうか、私たちに　あの子の生を祝うことを許してください。
　
　心の全てを傾けて、ノイエは祈った。
　祈る先が何処にあるのか。その答えは、何処にもない。
　
　
　
　華やかな式典は例年通り滞りなく終了した。
　そしてノイエは式典のすぐ後から、自室のベッドで伏せっていた。
　具合を悪くするのはいつものことだが、ここまで高い熱を出すのは久しぶりのことだ。普段は少々体調が悪くても早く地下に戻ると言って引かないノイエも、父母や兄弟たちの、完全に回復するまでは寝ていろという言葉に従った。
　ノイエの賢さは、誰もが認める。そして皆その優秀さに目を奪われがちだが、頭が回るのは何も勉学だけではない。相手の心情を慮ることにもまた、長けていた。
　彼は知っている。自分が家族に愛されていることも、友人が自分を思いやってくれていることも。
　幸せでいる、元気でいるというのは、何も自分のためばかりに大切なのではない。愛するものが不幸せならば心を痛めるのは真っ当な性根の人間にとって当たり前のことだ。自分を愛してくれる人間がいるのなら、その相手のためにも、息災であらねばならない。
　ノイエは、知っているのだ。誰かの愛情に対する最低限の返礼を、自分は十分に満たせていないことを。
　たとえどんな理由あれ、家族と離れ、一筋の陽光も差し込む余地のない地下深くで暮らし、たまに帰ればすぐに体調を崩して寝込んでしまうという自分の行いが、どれほど皆の心配の種になっているか、ノイエは痛いほどよくわかっている。だから今度ばかりは、家族がもう少しゆっくりしていけというのを振り切って戻ることはできなかった。
　熱が意識を鈍らせる。柔らかいベッドに横たわり、気怠い熱の塊になった頭を枕の中程にまで沈み込ませ目を閉じていると、今自分が意識を保っているのか、それとも眠っているのかさえ判然としない。その内自分がいまどこにいてどういう状況に置かれているのかも思い出せなくなってくる。
　ここはどこだろう。頬に何となく太陽の光を感じる。ああそれならばきっと国の自室なのだ。だってあの地下はいつも薄暗くて蒼い光は一片のぬくもりも持ってはいない。あたたかいのならここは地下ではないのだろう。
　回りが明るいのが、瞼を透かしてわかる。その光の強さが、なお、ここは地上だと教える。もしここがあの暗い地の底ならば寝ているわけにはいかない。あの子がいる。心配するに違いない。真っ直ぐ身体を起こしていなければ。そうでなければあの子は自分のせいでと気に病むのだから。でも今はいつだっただろう。ノイエの惚けた意識は時間を彷徨う。
　いまあの子はどこにいるのだったか。地下。それとも城の隅っこ？　何も隠さず全てを拒む壁に阻まれた、高くそびえる厳めしい石造りの塔。来る日も来る日も北の外れ歩いて通った――
　
　昨夜から降り続いた雪は、まだ足りぬと言わんばかりに晴天から舞っていた。
　あたりはもうすっかり銀世界で、すっぽりと分厚く雪を被っている。誰も訪れぬ外れの塔の回りは、アナイスとノイエがやって来たときの二組の足跡以外は積もったときのままだ。ふわふわと柔らかな様子は、見ようによっては暖かそうでさえある。
「これはなあに？」
　小さな子供は瞼を一杯に見開き大きな目をきらきらと輝かせて尋ねた。
「雪といいます。雨は知っているでしょう？　あのお空から降ってくる雫が、あんまり寒いから、ここまで降りてくる前に凍ってしまうのですよ」
　ノイエは白く細く息を吐きながらゆっくりと答えてやった。幼い頭はその返答をどれだけ理解することができたのか。賢い子である。おおむね飲み込んだと見えた。その瞳の輝きは、単なる好奇心から、自分の質問にいとも容易く答えを寄越す相手への感嘆と尊敬と憧れの表れへと、色を変えた。
　やわらかい？　さわってだいじょうぶ？　ノイエの服の裾を掴んだままシャルスは雪に覆われた庭を指さす。
　ここの雪は誰も踏み固めていないから柔らかいですよ。けれど冷たいですからね、そのまま触っては駄目です。ノイエは優しい笑みを浮かべ、自分の上着を握り締めている子供の手を取った。
　はめてやったのはぴったりの大きさの綺麗な蒼い手袋だ。細い毛糸で編まれたそれは、シャルスの片目と同じ色をしている。蒼一色に見えて、水を含ませた紙にいくつもの顔料を滲ませたごとく、微妙に色が変化しているのが美しい。
　生まれて初めてはめてもらった手袋だ。シャルスはほんの少しの間、きょとんとしてそれを見つめた。それから満面の笑みを浮かべた。ぼくの？　嬉しそうに言う子供に、ノイエは笑って頷いてやる。ほら、これで大丈夫。好きなだけ遊んでいらっしゃい。でもお庭の中だけね。そう言ってノイエが背中をとんと軽く押してやると、シャルスはきゃあと歓声を上げて雪の中に飛び込んだ。
　降っては止んで、降っては止んで。ノイエは空を見上げた。風花というやつだ。晴れた空から降る雪である。雨や雪を降らすのは雲のはずで、それならば青空のどこからこの雪は生まれてくるのだろう。山に積もった雪が強い風に散らされて飛んでくるのだということは知っている。けれどなお何故と問いたくなるのは、晴天の真ん中で舞う真白な雪が美しく、その美しさに意味を求めたくなるからだ。美しいものが今、あの子の上にも等しく降り注ぐことのできる今、空から舞い落ちてくることに、理由を見出したいからだ。
　雪が降る。ノイエの髪と肩をうっすらと白く覆い始めた雪を、側に立っていたアナイスは払った。私が見ているから、お前は中に入っていなさいとアナイスは言ったが、ノイエは首を横に振った。もう少し。細い声に、アナイスは異を唱えようとして止めた。
　この冬一番の積雪である。北の外れのこの塔の、まさに入り口の手前まで、誰一人の足跡もついてはいなかった。当然の話である。彼らの父、アーネストの結界が、ここから全ての人間を遠ざける。誰もここには入れない。だから誰の足跡もついていないのだと――終わらせてしまえない。
　誰もここには入れない。けれどその真ん中にそびえる古い塔には幼い子供が住んでいる。
　ノイエは自分が同じくらいの年だったころに雪が積もった日のことを思い出す。しんと静かな朝、張りつめた冷たい空気をものともせずに庭に飛び出していった二人の兄。子供っぽいと笑いながら自分もついていった姉。お前はすぐ風邪を引くからしっかり暖かくしてから出なさいと、庭を見つめてそわそわしている自分に上着を着せマフラーを巻いて手を引いてくれた長兄。
　庭を厚く覆うまっさらの雪を一歩ずつ踏みしめるのが楽しかった。沈み込む足は雪に埋もれて感覚が無くなるほど冷えたけど、手袋をしていても手はかじかんでじんじんと痛んだけれど、自分の背丈よりずっと大きい雪だるまを兄姉達と作ったのがとてもとても楽しかった。子供なんてそんなものではないのか。大人が寒いと敬遠する細かな白い氷の山は子供にとっては魅力的な遊び場だ。雪の朝、厚く真っ白に覆われた庭は瞬く間に大小の足跡だらけになった。昼近くなったころにはリージェスとその妹もやってきた。家族全員と同じ数の雪だるまが並び、一つ一つ顔が付けられ帽子が被せられた。大人しいノイエでさえ笑い声を上げて庭中を走り回ったのだ。
　しんとした、人の気配のない、足跡の一つも残らない庭が、だから哀しかった。
　雪にはしゃいで外に出ることも許されないのは何故。いたずらや我が儘で父母を兄を困らせる自分たちでも何の咎めも無く許されることがどうしてこの素直な子供には罪なのか。その問いに対し、そう生まれついたからだという答えはあんまりだ。しかしそれ以外に何か他の答えがあるだろうか。
　雪が止んだ。澄み渡った青空が覆う庭にシャルスの明るい声が響く。雪を踏みしめる甲高い音が近づいてくる。はっとしてノイエは顔を上げた。いつの間にか下を向いていた視線が元に戻る。
「ほら見て、つくったの」
　雪につまづきながらおぼつかない足取りで駆け寄ってきた小さな子供の小さな手には、少しいびつな雪のかたまりが載っていた。真っ赤な南天の実が二つ、常緑の葉が二枚。けれどノイエが驚いたのは教えてもいない雪兎をシャルスが作ってきたからではない。
　雪兎を載せた両の手のひらは手袋をしていなかった。さぞ冷たいだろう、指先と言わず真っ赤になっている。
「手袋は、どうしたの」
　ノイエは尋ねた。責める色は無い。答えが返ってくるまでもなく、失くしてしまったのだろうと思った。雪を丸めたり固めたりしている内にはまりこんですっぽ抜けたのに、夢中で遊んでいて気付かなかったとか、そんなところだろう。小さな子供にはありがちだ。また新しいものを持ってくればいいだけの話である。
　シャルスはもごもごと口を動かしているがなかなか答えない。もらったその日に無くしたとは言いづらいのに違いない。
まだ遊びたいだろうけれど手袋無しで雪に触らせ続けるわけにもゆかない。少し大きいが自分のを貸してやろうか。シャルスにはめた毛糸の手袋と違って、柔らかい皮の手袋で、留め具がついている。ベルトをきつめに止めればよかろう。そう考えて、ノイエは自分の手袋を外そうとした。
「えっとねえ、えっと、てぶくろはね」
　怒られると思っているのか。少し視線を泳がせながら、シャルスがやっと口を開いた。不安そうだ。失くしたことは横に置いておくとしても、雪は冷たいから直接触ってはいけないと言ってある。それに従わなかったのだから叱られても不思議はないのだが。怒ってるんじゃないのですよと言いかけたノイエよりも先に、シャルスは言葉の続きを口にした。
「ポケットに入れたの」
　ノイエの手が止まる。失くしたのではなかったの。それならどうしてはめていないの？　冷たいでしょうに。きょとんとしているノイエに、シャルスは一生懸命説明する。
「あのね、雪、さわったら水になったの。てぶくろぬれちゃうからポケットにしまったの。せっかくノイエがくれたのによごれちゃう」
　手には雪のうさぎが載っているので引っ込めるわけにもいかない。困ったように眉をへの字にしたシャルスの手の上から、ノイエはそっと雪兎を持ち上げて、壊してしまわないように大切に、雪の積もった地面の上に置いた。自分の手袋を取りながら立ち上がりシャルスの手に目を遣る。雪兎で隠れていた手のひらは指先と同じように真っ赤だ。今更背中に隠すこともできず手持ち無沙汰に開いては閉じる手を、ノイエは自分の手のひらで包み込んだ。
「手袋は手のひらを冷たいものから守るのがお仕事なのだから濡れてもいいのですよ。ポケットに入れたままではお仕事ができません。使ってあげないと。もし汚れて洗っても取れなくなってしまったら、また新しいのを持ってきますからね」
　優しい声でノイエが言い含めるのにシャルスはこくりとうなずき、ぽやんとした瞳でノイエの顔と手を見比べていたが、はっとして目を見開いたかと思うと、さっきよりも傾いたへの字に眉を下げた。もぞもぞと、ノイエの手の中でシャルスの一回り小さな手が動く。
「ノイエのおててがつめたくなっちゃうよ」
　困ったようにシャルスは言ったけれど、
「私は雪にも触らずにずっと暖かくしていたのだから平気ですよ」
　ノイエが笑うので、安心したシャルスも笑顔になった。
　後ろで兄が渋い顔をしていることを、目を向けずともノイエは知っている。知らない振りをして何事もないかのように笑う。苦々しく思っても今それを咎めることができないのを知っている。まるで息をするように嘘を吐けるようになった。それを兄たちが悲しんでいることも知っている。詫びれば余計に悲しませることも知っているから黙って笑う。冷え易く、直ぐに霜焼けを作って、酷ければ皮膚が崩れる脆い指。冬に外に出るときは手袋は外すなと医者は言った。年々身体が弱くなってゆく。生来乏しい体力を、重ねる無理が削ってゆく。知っている。ただ笑う。
「ノイエのおててはあったかいね！」
　シャルスは嬉しそうにはしゃぎ、その後にこう付け加えた。
　魔法みたいね、と。
　雪に凍り付く冷たい空気を吸ったときよりもぎゅうと肺が縮む。違う。締め付けられているのは肺ではなく心だった。
　魔法ではないの、そんな大層なものではけしてない、これは体温だ。魔法など使えなくとも人でなくとも生き物であれば何であれ生きている限り例外なくその身に包み込む、命が命であるための、ただの副産物。親から、兄弟から、友人から恋人から、まるで息するのと同じように与えられる、ありふれたぬくもり。同じ年頃の自分は父母や兄姉の手のあたたかさを心から愛していたけれど、魔法だなんて思いはしなかった。だってそれはあまりにも当たり前のものだったから。
　無邪気に笑う子供にノイエは穏やかに笑いかける。その表情を作る薄皮一枚の下で喉が痛い。こぼれそうになるのは涙だ。けれどノイエは笑う。泣いてしまいたい衝動と同じかそれ以上の強さで笑んだ唇を支える。ぬくもりの全てを移さんばかりに、冷たい手に細い指を絡ませて。そして願う。
　
　どうか笑っていて　今のまま　笑うこと忘れないで
　
　――ひたすらに、願う。
　本当に叶って欲しいことを願うとき、声に出さなくなった。祈る先は神ではなくなった。
　届くか知れないどころか届く場所があるかもわからないでただ願う。
　指先が冷えていくのがわかってもノイエは小さな手を離さない。何もこのことだけではない。この子供を慈しみ続けるために自分は人が犠牲と呼ぶようなものを払わなければならない。自分だけではなく自分の愛する家族がそれを目の当たりにしながら心を痛める。シャルスとてもう少し年がいって物事を理解するようになれば、ノイエが口を開かずとも薄々は勘づくだろう。賢い子供だ。優しい子供だ、平静ではいられなかろう。ノイエは馬鹿ではない。全部知っている。それなのに手を離せないのは離してしまうほうが辛いからだ。そこにさらなる理由などない。もし理由が在るのならきっともっと平穏な道を往ける。
　ごめんなさいといつも心でだけ謝っている。嘘を吐き知らない振りをして笑うことに呵責を感じても足を止めることができない。ならば許しを乞う資格さえ無いのだと、自身もまだ年端ゆかぬ子供であるにも関わらず、ノイエは自分を戒める。だがやはりまだ子供である。そうやって一人立とうとすればするほど大人達がその不憫を悲しむことに思い至らない。
　手が冷えてゆく。まだシャルスの手は冷たい。きっと遊び始めてすぐに手袋を取ってしまったのだろう。ノイエはかがみ込み、シャルスの手を自分の頬に当てて手で覆った。同じ高さになった色違いの綺麗な目。あったかいねと繰り返し笑う素直な子。まだ何も知らないからこそ笑っていられるのだろうか。
　頬笑み返しながらノイエは祈り願う。神ではない何かに。
　　
　寒いなら　こんなものいくらでもわけてあげる
　全部全部あげてしまってもいい
　
　だから　
　
　この世界を、あなたに理不尽を科すこの世界を、どうか呪わないで
　ずっとそうやって笑って
　やさしいあなたのままでいて
　
　呪って当然だとノイエは思うから、その願いは悲しい。
　シャルスは何か罪を犯したか？　否だ。双子の片割れとして生まれてきたというだけで一人の日々を強いた王を、いわば神を、引いては世界を、恨み呪わぬのは奇跡に思えた。だから王が与えた処遇にはノイエもまた疑問を払拭できずにいる。わざわざ堕ちてしまえと奈落を指さすようではないか。普通に育てていれば、あるいはただの子供のまま何も知らずに慎ましく一生を終えたかもしれないのに。
　わからない。けれど従うしかないのなら、せめて自由許されるその日に、まだこの子が人から愛される、そして人を愛することのできる人間であるようにと、ノイエは願う。その佑けになるのなら何でもしよう。
　やっといつものようにあたたかくなった小さな手に、ノイエは自分の手袋をはめてやった。ポケットに入れたという青い手袋を出せとはあえて言わなかった。今度は外してはいけませんよという言葉に、シャルスは神妙に頷く。ノイエの革手袋をはめたために一回り大きく見える手をひとしきり握って開いて、それからシャルスは、もういっこうさぎさん作ってくると、雪の庭に駆けていった。
　南天の木が植わっているのは庭の隅だ。ちょうどそちらのほうに走っていく。その背が雪を被った植え込みに隠れてから、アナイスは、ノイエがシャルスにしたように、自分の手袋を外してノイエの手にはめた。子供とはいえもう幼児では無いのにただ渡すだけに止めなかったのは、そうしたらノイエは手袋を返して寄越すからだ。
　上等の皮も内張も柔らかな大きめの手袋の内側には兄の体温が残っていて、冷え始めた手に暖かかった。きゅ、と手を握りしめると、余った指先がくしゃりと曲がる。誂えの手袋はそれぞれにぴったりの大きさに作られているのだから、その余った分はすなわち自分と兄の差だと、ノイエは思う。
　言いかけた言葉を飲み込み、滲みかけた涙を押し戻し、その代わりに、ありがとう、とノイエは呟いた。アナイスは黙って頷きノイエの頭を撫でた。
　雪は止んでも外は寒い。冷たい空気に吐いた息が白くけぶる。
　二つめのうさぎは最初のものより少し大きめで、作るのに慣れたのか綺麗な形をしていた。葉を細く切って作ったらしき小さなリボンがくっついている。蝶結びも上手くなったものだ。さっきのが僕でこれがノイエとシャルスは自慢げに言った。さらにもう一つ、ノイエの二倍ほどはあろうかという大きなうさぎを並べた。この雪の中のどこから見つけてきたのか、どんぐりの袴が帽子のようにちょんと載せられていた。これはアナイスだという。実際にはアナイスはノイエと頭二つ分ほど違う程度で、いくら何でも二倍ほどの背丈なわけではない。お前には私はこんな風に見えているのかと、アナイスは少し呆気にとられた様子で呟き、ノイエは、きっとシャルスから見たら兄上はとても大きいのですよと笑った。
　大小三つのうさぎは庭の隅っこで寄り添う。また雪が降り出した。空を見上げると青空の半分ほども雲が被っていた。またさらに積もるのだろうか。
　うさぎが埋もれてしまわないようにとノイエは傘を持ってきて立てかけた。
　うさぎのおうちだねと、シャルスは嬉しそうだった。
　
　窓の外に雪が降る。積もっているのかはわからない。ただ、窓枠に切り取られた暗い夜空を背景に、白い雪が後から後から散っていくのが見える。四角い窓枠で囲われたその景色は、半分しか見えず、いびつな形をしている。枕元に座っている人間の輪郭で隠れているからだ。
「あに、うえ？」
　額を冷やす布を取り替えているのはアナイスだった。身体を起こそうとするノイエを手で制し、氷水に浸した布を軽く絞って額に載せる。雪ですかと尋ねるノイエにアナイスは頷き、そこの窓を開ければ屋根に積もった雪に手が届くから氷室まで行く必要が無いと、少し笑った。
　広い部屋はしんと静かである。アナイスは部屋をぐるり一周見回した。壁一面、床から天上までの高さにに誂えた、前後三層重ねの本棚には端から端まで本が並び、それでも足りないとばかりにそこらの台に積まれている。物語から教本まで、およそ教養とされるものは網羅されているという印象である。
　並べておくだけなら金さえあれば誰でも出来る。だがノイエはこの莫大な文字の集積を全て身の内に取り込んだ。頁にしていくらだろう。厚みにしてどれくらいだろう。重いものを持てばそれだけ人には負担がかかる。ならば知識はどうだろう？　物理的な負荷をかけることはなくとも、精神を押しつぶしたりはしないのだろうか？　いいや知識を詰め込むことで身体に直接に負担がかかりはしないのか？　
　戯言である。そんなことはおそらくあるまい。だがアナイスはこの部屋に来るたびに不安になる。自分ですら圧倒されそうになる膨大な知識に、兄弟で一番小さなノイエは耐えられないのではないかという気がしてくるのだ。
　アナイスの手が、ノイエの頬に触れた。熱いな、とアナイスは思った。ノイエは途端に眉を顰めた。沈んだときの表情だ。どうしたのかと問おうとしたアナイスの声よりも先に、ノイエの掠れた小さな声が部屋の片隅に響いた。
「兄上、肩掛けも無しにそこに座っていては冷えるのではないですか。暖かい部屋に戻ってください」
　何故そんな言葉が出てきたのだろうと、アナイスは面食らった。確かにここは窓際に近いが、寒ければ掛布なり上着なり持ってくる手間は惜しまない。特に寒いとも感じないし冷えてもいない。だからこの格好でここに座っていたのだ。
　気分が優れないときに側に誰かがいるのが不愉快なのだろうかとまず考えた。すぐにその考えは明快な答えに掻き消された。ノイエの手が、頬に触れたアナイスの手に重なる。まるであたためようとしてくるかのような、その手は酷く熱かった。ノイエは熱を出しているのだからアナイスにとって熱く思えるのは当然である。なら逆はどうか。平熱がそもそも低めのアナイスの手は、熱のあるノイエには、驚くほど冷たかったのではないだろうか。
「……お前の熱が高いから、私の手が冷えているように思えるだけだよ。心配せずとも大丈夫だ。昼は仕事がある。今くらいしか側についていられないのだし、お前がかまわないなら、このままここにいさせてくれないか」
　ゆっくりとアナイスは言った。ノイエは熱に蕩けた目を細め、乾いた唇をゆるやかな円弧に曲げて、小さく頷いた。
　細く長い呼吸を繰り返し、ふと、独り言のように小さな声をこぼす。
「ゆめを、みました」
「夢？」
「小さなころの、夢です。雪が降った日の……うさぎ、三つ、並べた」
　言われてアナイスも思い出す。雪は溶けるのだと言われてシャルスが泣くものだから、ノイエは何度も、雪は溶けたらまたお空に返ってもう一度寒いときに降ってくるのだと慰めてやっていた。
「あのときのまま、シャルスは、今も、良い子のまま、です。ほんとうに、奇跡、みたいに……」
　そこまで言って、ノイエは少し咳き込んだ。喉を傷めているのだからあまり無理をして話すのはよくないと、アナイスはやんわり宥めた。ノイエは大人しく口を噤み、目を開けているのも億劫なのか、細めた目をゆるゆると閉じてゆく。
　時計の針は日付が変わろうとするあたりを指していた。アナイスはため息を吐いた。熱を出してから明日で三日だ。帰ってくるたびに寝込んではいたが今回が一番酷い。体力がないから熱を出し、熱がその乏しい体力をますます奪う。悪循環だ。
　ノイエは時折アナイスの手に頬を擦り寄せるような仕草を見せる。ひんやりとした感触が心地よいのだろう。ノイエの火照った頬を撫でながら、アナイスは唇を噛んだ。
　最高の司祭などと呼ばれてもその手は無力である。病気一つ治してやれない。治癒の魔術は病には何の役にも立たない。こうして熱を冷やしてやるのが関の山だ。怪我ならばいくらでも治してやれるのにと嘆いたところで足しにもならず、そもそも怪我ならばノイエは自分で治すだろう。権力。これも無意味である。誰もが羨むほどの、王族を除けば絶対に近い力は、その王族の頂点である王自身が強いる不憫な生活から小さな子供二人を助けてやることは、当然ながら不可能だった。
　何不自由ない生活を送れるよう生まれついたはずの彼らは、本当に叶って欲しい願いは口に出すこともできずにいる。
　風が吹いた。窓枠が鳴った。吹き散らされた雪は四角い夜空を斜めに横切った。
　あとすこし。
　殆ど声にもなっていないような、息だけに近い音をつなぎ合わせた言葉がアナイスの耳に届く。ノイエの唇がかすかに動いていた。
　もうしばらくしたら部屋に戻らねばならないと思っていたところだった。何となく、呼び止められたようにも思う。だがそうではあるまい。
　ノイエの意識はもう随分と曖昧になっているようだ。うつらうつらしている。このまま、また眠ってしまうのだろう。朝までゆっくりおやすみと、アナイスは小声で呟き、ノイエの、うっすらと汗が滲む額に張り付いた、細い髪を梳いた。
　そう、あと少しで、たった二月で、望んだ日がやって来る。
　アナイスはシャルスが生まれた日から彼と彼に科された罪なき罰を知っている。シャルスが生きたのと同じ十五年という長さを、彼もまた、不安に苛まれながら待ち続けた。
　終わるのだ。終わるはずだ。そのはずだと、思いたい。終わって欲しい。ノイエの寝顔を眺めながら、アナイスは静かに息を吐いた。
　ノイエが何と言おうと、学業を進めるために眠る時間も惜しんだ日々や、あの地下での生活が、ノイエの体力を削ったのは、紛れもない事実だ。幼少の頃は普通よりも少し風邪を引きやすいという程度だったのに、年々弱っていく。今がおそらく限界に違いない。これ以上無理を続ければノイエは本当に寿命を縮めてゆくだろう。
　そこまでして守った子だ。シャルスが、自由の身になれた後に、世界を、自分自身を呪って、不幸せにならぬようと、素直で優しいままでいられるようにと、ノイエは心を砕き続けた。アナイスは、弟のその苦労が報われるのだと、信じたかった。
　しんしんと、雪が降る。静かに緩やかにしかし確実に、時は刻まれていく。
　物音一つしない部屋のどこかに、その音を、聞いた気がした。
　
　
　幸せは去るときに、不幸せはやって来るときに、足音を響かせるのだと、誰かが言った。
　
　
　
　幸せと不幸せがない交ぜの日々が、今、終わる。
      お久しぶりですの更新ですorz　書き始めたの12/10らしいですよ奥さん
もう五月までに終わらせるとか無理無理無理無理な進行具合なんですがどうしてくれましょうね？
というわけでやっとこれで中盤戦とか意味がわかりませんがもうしばらく続きますのでおつきあいくださいませ…（滅
今年中には終わらせたいものです
というか夏コミ受かってたら意地でも夏コミまでにｒｙ　そう言い始めて何年かしら…
　
やっとリージェスも出て参りました
本編でまだだったのにスターゲイザーの方で先に登場とかこっちも意味がわかりませんね意味がorz
逆にアナイスはこっちで結構出てるのにスターゲイザーでは全く出てきやしねぇのは何故
　
何がどうDOPなのかますますもってわからなくなって参りましたがそのうちDOP様も出て参りますので今しばらくお待ちください（今しばらくってどれくらいか説明しろ
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   <title>Fake/Imitation　サンプル</title>
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   <published>2008-01-11T15:44:59Z</published>
   <updated>2008-04-15T01:22:46Z</updated>
   
   <summary> 　真実を知ることが何よりも重要なのだ、とは、常から響也が繰り返す言葉である。そ...</summary>
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      <name>野道</name>
      
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　真実を知ることが何よりも重要なのだ、とは、常から響也が繰り返す言葉である。それは彼が検事という職に就いている上での信念だ。彼はそれを生涯違える気はなかったし、そこに疑念を持つ日が来ることなどこれっぽっちも予期してはいなかった。
　最近、その、疑うことなく疑うという発想もなく当たり前のように自分の中に存在していたものが、酷く頼りない。
　その理由を、もう知っている。
　
　
「調子はどうだい、おデコくん」
　朝も早い裁判所の片隅である。
　気安く話しかけた響也に、法介は胡乱な視線を向ける。
「あなた今日結審の仕事があるでしょう。こんなところで油売ってて良いんですか。ていうかさっき誰かがあなたを捜してたような気がするんですけど」
　即座にさくりと軽くあしらわれて、響也は肩をすくめ、ご機嫌伺いに来たのに冷たいなあ、とおどけて見せた。法介はちらりとほんの僅かな間視線を向けた後、ぷいとそっぽを向いて、さっさと仕事に戻りましょうよと呆れた声で言う。
　そういうどうでもいい、かつどちらかといえばぞんざいに扱われているような会話さえ嬉しいと思う自分は多分傍目に見れば馬鹿以外の何者でもないんだろう。
　そしてそういうときに思い出すのは決まって兄のことである。
　法介の横顔を見ながらぼんやりと響也は考える。
　名の知れた弁護士から一転服役中の犯罪者になろうとは思いもしなかった。そしてその犯罪を暴くことに自分が関与することになろうとも。
　考えてみれば自分は犯罪者の家族という、検事としては中々喜ばしくない立場にいるのだなあなどと他人事のようにふと思う。
　こんな職業に就いていると当然ながら犯罪者との縁は引きも切らない。何も日本の警察はひっきりなしに冤罪ばかり捕まえてくるほども無能ではないのだ。大半は真実罪を犯した者だし、そういう人間と関わっていると、当然ながらその家族というものを知る機会にも、望むと望まぬとに関わらず恵まれる。
　世間は犯罪者を憎む。被害者よりも犯罪者に同情したくなる事件も稀にはあるものの、やはり圧倒的多数において加害者に非があるのは事実で、世間はそちらに厳しい視線を向けるのが常だ。
　しかし家族はそうとも限らない。罪人であることが確かな者を、全てにおいてとは言わないが、肉親達は庇い守ろうとする。あんな奴は知らないと言い切る人間の方が少ないのだ。
　響也は、犯罪者の家族が（主に親だが）、被害者に必死で、それこそ家財道具に至るまで何もかも売り払い、多大な犠牲を払い、賠償金を支払って、何とかその罪に与えられる罰を軽くしてもらおうと尽力する様を、何度も見てきた。
　どんな罪を犯してもやはりこの子は私の子供なんですと泣いた母親を知っている。仕事にかまけて全くかまってやらなかった自分が悪いのだと力無く項垂れた父親を知っている。自分も物凄い迷惑してるし人を傷つけたあいつが悪いんだけど、でもやっぱり自分の弟だから見捨てられないと、少し諦めたように笑った兄を、知っている。
　翻って、自分はどうだろう？
　真実のためならと、兄の罪が白日の下に晒されていくのをむしろ助けた自分は？
　犯罪を憎みながらも家族の絆は尊いものだと見なす世間一般において、自分はどのように捉えられるのだろう？

　家族を守ろうと考えるよりも職務を優先するとはなんと冷たい、血も涙も肉親の情も無いと言われるだろうか。
　あるいは正義のために心を鬼にして信念に従い職務を全うしたと賞賛されるだろうか。

　居心地が悪いのはどちらも的外れだと自分でわかっているからだ。
　
　
　この愛想の悪い新米弁護士を、商売敵と言って差し支えない立場であるにもかかわらず気にかけている自覚はあった。いつからだったかはよく覚えてはいない。無愛想と鉄面皮の隙間に時々疲れたような途方に暮れたような表情を見せるから何だか放っておけなかった。
　そしてそうやって気にする自分ではなく、師匠である自分の兄に、彼がふいと肩肘張らない笑顔を見せるのも知っていた。彼は兄に全幅の信頼を置いていた。兄からその話もよく聞いていた。最初はそれを聞いていても、他人に興味ないくせに珍しいとか思っていただけだった。
　孤児だとかいう彼は、まるで親について歩くひよこのように、兄を慕っていた。たとえ表情に出すことは滅多と無くとも確かにそうだった。先生、先生と、まるで後輩弁護士が先輩に対するものというよりは小学生が自分の大好きな先生に話しかけるときのような声で呼んでいた。
　それに自分が気付くのは自分が彼をしょっちゅう視界に入れているからでもあったと気付いたのもやはりいつだか記憶がはっきりしないが、少なくとも兄の罪が露呈する前であることだけは確実だ。その事実が事ある毎に突き刺さる。

　もしも、兄が居なくなれば。
　盲目に兄に向けられていた信頼のほんの一部でも、自分のほうに向かないかと。
　
　針の先ほども考えなかったかと、もしも問われれば、自信を持って否と返すことは響也には出来なかった。
　確かにあのとき真実を追い求めることこそが大事なのだと、そしてたとえ相手が誰であっても犯罪や冤罪を見逃してはならないのだと、自分は信じたけれど、そこに嘘は無いけれど、だがしかし、建前、とか、大義名分、とかいう単語が脳裏をちらつくのもまた、事実だ。
　自分が取った行動それ自体が人に後ろ指を指されるようなことでないのは重々承知でも、その行動の理由に自分自身が胸を張れない。
　
　
　法介がそこから立ち去ろうとするのを追ってみようとしたけれど、ポケットの携帯が途端に震えた。振動の調子で仕事の電話だとわかる。
　またね、おデコくんと、返事など返っては来ないことを承知で遠ざかっていく背中に言葉を投げて、自分もくるりと踵を返し、ポケットでしつこく五月蠅く震え続ける携帯を取り出して電話に出た。聞き慣れた部下の声が早口で何処にいるのかと問うたのですぐにそっちに行くと答えた。急いでくださいよと焦った声で部下は繰り返してから通話を終わらせた。
　待ち受け画面に表示されたニュースを歩きながら見た後で携帯を畳んだ。ぱちんという携帯を閉じる音が廊下に響く足音に重なる。
　足音は少しずつ早くなる。そのテンポに合わせて頭の中で今日の予定が記憶の引き出しから引っ張り出されていく。新しく担当が回ってくるだろう事件のことを考える。いつだって山積みの書類とか、殺人的に文字で埋め尽くされたカレンダーとか、そういううんざりするものがまるで倍速再生の録画のように目蓋の裏に浮かんでは消える。
　
　そうだよ君の言うとおり、本当は少しの時間も惜しいほど仕事は詰まっている。
　ただ、それよりも、ほんの僅かな仕事の隙間が許す限り、君に会いたかったんだ。

　革靴の底が廊下のタイルを叩いて堅い音を立てる。それは自分が居たい場所から遠ざかっていく音で、だから何でもないその足音が酷く悲しい。
　今朝の天気予報では雪がちらつくかもしれないとか言っていた。薄い窓硝子一枚隔てた外気は容赦なく廊下を冷やしている。上着を着ていないと寒い。空の半分に雲がかかっていた。あの雲が雪を降らすのだろうか。　
　あまり掃除が行き届いていない窓の外に広がる半分の青空は、高く青く冷え切って、その青が何だか自分の兄を思い出させる。
　
　お前が大事だと思うものは何だと。
　
　頭の中で何度となく自分に問いかける声を兄のものにするのはきっと、自分の中にくすぶる後ろめたさに違いない。
　真実を明らかにすることだと何一つの迷いも無く答えられた過去の自分が懐かしかった。
　だけれどもその頃に戻りたいとはほんの少しでも思えず、それこそが今の自分の答えなのだろう。
　天秤の片方に載せるものが法介だったなら、もう片方の皿に載っているものを確かめるまでもなく今までの絶対の信念さえ捨てて自分は法介を選ぶのだと、響也は知っている。そんなことはおそらく起こりえないだろうが、万が一にも法介が何か罪に問われることに手を染めたとしたら。
　真実のためだと大義名分振りかざし兄の罪を暴き立てて監獄に送り込んだその口で、彼は無実だと嘘をつく可能性を、法を司る職に就く者としてけして許されないその選択肢を、響也は肯定しない代わりに否定もしない。
　そしてただの建前に成り果てた信念を今日も口ずさみ何事もなかったかのように仕事に赴く。
　偽善者？　一体それが何だというのだろう。

　なけなしの良心が脳裏に響かせる自嘲の声より、法介から遠ざかるための足音が耳に痛かった。
      2008/01/13　ComicCity in インテックス大阪　にて発行
「Fake/Imitation」　響王
短編三本のうちの一本をサンプルとして公開ですー
バッドエンドというわけではないですが全体的に薄暗いというかなんというか
　
2003年にミツナルやってたときはもっと甘ったるい話書いてたような気がするんですがね…
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   <title>スターゲイザー　序盤</title>
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   <published>2008-01-05T18:19:17Z</published>
   <updated>2008-04-15T01:23:03Z</updated>
   
   <summary>　首都は今日も大変な賑わいを見せている。十分な広さがあるはずの街路は、商人たちの...</summary>
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      　首都は今日も大変な賑わいを見せている。十分な広さがあるはずの街路は、商人たちの露店が建ち並び、冒険者達が行き交う、お祭り騒ぎの混雑であった。
　田舎から出てきたばかりの人間ならば目を白黒させて人混みに飲まれてしまうところだが、首都に暮らす人間にはこの混雑は日常茶飯事だ。押し合いへし合い、たまに喧嘩なども勃発している人波を上手くかき分けていく術は、この通りを日中歩こうと思うのなら必須スキルといえよう。
　道の端を歩いていく少年も、そのスキルを身につけた一人である。
　名前はシャルスという。足取りも軽く、というわけではない。あっちこっち痣と擦り傷だらけで手首の片方は酷い捻挫をしているため、怪我を庇いながら歩いている。頬や額にも大きな擦り傷があるので、せっかくの整った顔立ちが台無しである。それでも押されてよろけた通りすがりの魔術師をするりと避けるのはさすがだ。
　明るい金髪に琥珀のような瞳の、将来はさぞかし見目良い若者になるであろうと思わせる面差しだ。体格は細身だが、よく見れば服の上からでも鍛えられているのはわかる。動き自体も鍛錬しているものの俊敏さが、ただ街を歩いているだけでも伺える。
　背中には訓練用の刃のない剣を背負っている。彼は騎士団で剣の手ほどきを受ける、見習い一歩手前である。まだ十四だが、教えてくれている騎士にはこれで中々覚えが良い。今はまだ騎士団所属というわけではなく、剣を習いに来ている子供の一人だが、そのうち入団許可が出るだろうといったところだ。
　今日も彼は朝から騎士団に行って練習に励み、散々傷を作って先ほどやっと解放されたばかりだった。剣を習う子供達の中には、親元を離れ、寄宿舎に入っているような、遠方の街在住の者も多いが、彼は父親も騎士団勤めなので、家は首都、それも騎士団からほど近い場所にある。練習も終わって後は家に帰り早々に食事、というのが、練習で疲れ果てた子供達の定番であるのだが。
　彼の足は、自分の家の近くにある広場でぴたりと止まってしまった。
　広場には露店が並んでいる。雑貨を売っているもの、薬を売っているもの、武器や防具を扱っているものまで様々だ。値切る声や呼び込みのかけ声が響いている。だが、彼はそちらには近寄らなかった。
　果物を売っている屋台で林檎をひとつ買って囓り始めたが、それも何と無し手持ち無沙汰を解消するためといった感がある。大体自分の家の近所まで帰ってきてわざわざ林檎を買って食べるくらいならさっさと家に帰ってしまえば母親の買っておいた果物や菓子がある。夕飯も用意されている。風呂に入ってから食卓について食べれば良いのだ。
　それをまるで広場に留まるためといった風情で妙にゆっくりと林檎を囓るのは当然ながら理由がある。
　程なくして、彼が帰ってきた道を、一人のプリーストが通りがかった。真っ黒な厚手の布地に美しい刺繍が施されたローブを着込んだ、あまり背の高くないそのプリーストは、華奢な外見には似合わず、すいすいと人混みをすり抜けている。鳶色の柔らかそうな髪と、付けている髪飾りの組紐が風にたなびいた。
　暗くなり始めたばかりの街路にはまだガス灯がついていない。おまけに広場からは道は逆光である。シャルスの居る位置から道行く人間の顔がはっきりとわかるような状況ではなかったのに、彼はぱっと顔を輝かせ、プリーストに向かって声をかけた。
「ノイエ、おかえり」
　その声に、プリーストはシャルスの方を向き、にっこりと笑った。優しい顔立ちが、笑うと余計に際立つ。貴石のような紫の目を細め、唇をやわらかく曲げて笑う様は、少々幼げではあったが、文句無しに美形と言えるだろう。そして相手が自分に笑いかけたことで、シャルスもまた、練習での疲れが見え隠れしていたさっきまでの表情とはうって変わって、顔一杯に笑顔を浮かべる。
「シャルスも今帰りですか？」
　真っ直ぐ道を歩いていた足を広場に向け、ノイエと呼ばれたプリーストはシャルスに話しかけた。
「そうだよ」
　言うまでもなく、若干嘘である。さほど長時間ではないが、彼は家にも帰れるところを用事も無いのに敢えてそこに留まっていた。
　が。
　プリーストはそんなことは勿論知る由もないので、毎日遅くまで大変ですねえと笑っている。
　シャルスは半分ほど残っていた林檎を大急ぎで囓って芯を近くのゴミ箱に放り捨て、プリーストのところへ走っていった。かたかたと、背中の剣が音を立てる。走った分その剣の重みがまともに打ち身を叩いてかなり痛かったがひとまず耐える。
　近くまでやって来たシャルスを見たプリースト―ノイエリーフェという―は、途端に顔をしかめた。不愉快、というのではない。心配そうな表情だ。
「ああもう、またこんなに怪我したまま帰ってきて」
　どこもかしこも傷だらけのシャルスに向かって、ノイエは手を伸ばした。傷に負担をかけないようにそっと頬に触れた手が、小さく呟いた言葉と共に淡く輝き始める。
　瞬く間に、たくさんあった傷が消えた。打ち身からは痛みが消え、擦り傷は塞がり、捻挫して腫れていた手首は元通りになった。
　聖職者達が得意とする治癒の魔術だ。それも相当な威力である。それぞれは細かいとはいえ、あちらこちらに無数にあった傷をたちどころに治してしまうのだから。
　ありがとうと笑うシャルスに、ノイエは呆れたようにため息をついた。
「騎士団の救護室にも当番のプリーストがいるのに、どうして治してもらってこないの。こんなに怪我して痛むでしょう」
　もっとも至極な疑問である。
　シャルスは視線を少々明後日の方向に彷徨わせながら答えた。　
「だって救護室いつも一杯で物凄い待つし。帰ってきたら君が治してくれるからいいやと思って」
　これまた、半分くらいは嘘である。
　確かに救護室は一般の怪我人も引き受けているのでガラ空きとまではいかないが、延々と待たされるほどに激混みなわけでもない。少なくとも、その待ち時間は、さっき彼が広場に辿り着いてから林檎をのろのろと囓っていた時間より遙かに長いということはない。数度利用したことのある人間ならシャルスの答えが嘘だと即座に気付いただろう。しかしノイエは首を傾げるだけである。
「私は滅多に救護室には回されないから知らないんですけど、そんなに混んでます？　配置人員を増やすように言いましょうか？」
　的確それでいて的外れな答えである。救護室が真実超満員であればその提案は実行に移すべきだが、喧嘩や事故が起こりでもしない限り早急な増員が必要なほど人員不足でもない。むしろそんな提案などされたら嘘だと丸わかりになってしまう。
　シャルスは慌てて、いやうんたまたま僕が行ったとき混んでただけかもしれないからそこまでじゃないかもしれないけど、と、思いっきり胡散臭げな応答でお茶を濁した。
　ノイエは腑に落ちないといった顔でシャルスを見つめていたが、そのうち肩をすくめ、また笑って、じゃあ帰りましょうか、と、シャルスの手を引いて歩き出した。十四の少年にはいささか子供過ぎる扱いだ。普通なら振り払いそうなものだが、シャルスは大人しく手を引かれ、ノイエについて歩き出した。
　今日は何をしたとか、何回勝って何回負けたとか、誰それを初めて負かしたとか、シャルスのそんな他愛ない話を、ノイエはにこにこと聞いている。そして、明日はどこに行く予定なのと尋ねられて自分の予定を答えたりもしている。
　歩いて十数分のところにある彼らの家までのことである。そしてこれは日々繰り返されるいつもの光景だ。
　当然ノイエは、その日常が、たまたま自分とシャルスの帰宅時間が同じくらいだからだと思っている。
　
　シャルスがいつも広場に寄るのは隣同士の彼らの家に帰るのにどの道を通っても必ずその広場を通るからだとか。
　そうやって治してもらいたいがために大して混んでいないときでも痛みをこらえて傷はほったらかしで帰ってくるのだとか。
　そもそも帰る時間を一緒にするため（概して普通にやっていれば帰宅時間はもう一時間ほど遅くなるのが常の）練習メニューを必死でこなしていたりするとか。
　毎度毎日翌日の予定を欠かさず聞くのも、ノイエの仕事が終わる時間を大体予測してそれより早い時間に修練場を出られるように合わせるためであるとか。

　そういう諸々のシャルスの努力など、ノイエは針の先ほども知らない。
      とりあえずうちの発行物にしてはめずらしくほのぼのしたというか
あまり暗さの感じられない仕上がりに（それどうなの
　
ヘタレな剣士くんと有能でありながら天然なプリさんという趣味全開な組み合わせ
名前が某捏造薄暗連載と同じなのは「あの話の境遇はいくらなんでも酷すぐる」という
友人一同からの抗議により派生した「じゃあ普通にお隣さんとかで出会ってたらどうよ？」というifが始まりだからです
そこ、名前考えるのがめんどくさかったからだろとか言わない
　
とりあえず１冊でオチつけて乙なはずが続きも出そうな気配だったり
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   <title>「夜光」　序章</title>
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   <published>2007-12-13T04:54:01Z</published>
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   <summary>　全てが偶然だった。 　その日そのときその場所へ足を向けたのは彼にとって全くの気...</summary>
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      <name>野道</name>
      
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      　全てが偶然だった。
　その日そのときその場所へ足を向けたのは彼にとって全くの気紛れだったし、そこで見つけたものに対してとった行動もまた気紛れの産物だった。
　転がっていたのは死体、一つ、二つ、三つ、全部で五つ。そして死体と一緒に死体と変わらぬ様でまだ命は残る身体が一つ。即死を免れたらしきそれは高くもなく低くもない半端な背丈でおまけにやせっぽちで、自分が身につけている重そうな分厚い布地の上着に潰されてしまいそうな様でぜいぜいと息をしていた。一分一秒を争うというものでもない。さりとて放っておけばそう時を置かず死ぬだろう。最期の瞬間までその深傷に苦しみながら。
　死にかけのそれの、そこここに血痕が散った皮膚は血の気が失せて蒼白である。まさに今死に往こうとしているそれよりもなお青白い、それでいて酷く端正であるがゆえに余計に人外を意識させる造形に冷徹な無表情を張り付け、血を鮮やかさそのままに固めたような深い朱の瞳でもって、彼は死体に紛れて転がる身体を覗き込んだ。途端、もはや指一本、表情一つ動かす余力は無いかと思えたそれが、かすかに驚いた、ように見えた。
　助けてもよかった。死なせても殺してもよかった。大抵は、というよりほぼいつだって彼は後者を選んだが、実際にはどちらだってよかったのだ。たとえば道の端に落ちている小石を蹴飛ばすか放っておくか、その二択のようなものである。彼にとっては死にかけの人間ひとり助けるか死なせるかなどどちらにせよ些細なことでしかない。
　彼の手は剣を取らなかった。それは、本当に、真実、ただの気紛れで偶然だった。いつものように、殺す理由も無く、殺さない理由もなかった。癖で右から踏み出す足を何故だか左から出してしまった、その程度の意味合いしかなく、彼はその手に淡い緑の光をともした。動くこともできず転がっているそれがほんの少し目を見開き、そこで力尽きたか、痛みが和らいだ安堵に緊張が切れたのか、眠るようにふうっと瞼を閉じた。この淡い緑の光は、生きるものの傷を癒す。神に仕えるという聖職者の手によってでも、あるいは魔に属するものが行使しても、変わらずにそれは痛みを消し去り傷を塞ぐ。それはまるで神など居ないのだとあざ笑うかのように効果を違えずに淡く光る。
　人を遙かに凌駕する力を拠り所にしたその光は、瞬く間に横たわる身体の無数の傷を癒した。呼吸が心持ち楽そうに変わる。血を失っているせいか相変わらず皮膚は蝋人形手前の白さだがもう死ぬことはない。
　偶然である。気紛れである。気ままに、赴くままに、そうやって彼は何変わることなくこれまでの長い時間を過ごしてきた。そしてこれからも同じ時間が過ぎていくはずだった。だってこれはこれまでと同じいつもの気紛れな選択の一つなのだ。何の理由も無ければ何の目的も無いこの選択は、何の変化も生み出さないと、彼は信じていた。信じていたという表現すら適切ではない。そこに空気があるようにそれは当たり前のことだった。
　緑の光がゆっくりと消える。
　跡形もなく消える。
　けれどその薄い光は確かに見えない何かを灯したのである。
　
　この深く朱い闇の奥に。
      2007年冬コミ新刊「夜光」の序章です。
自分を追い込む意味も込めてサンプル代わりに晒してみる…！(|||´Д｀)
　
DOPプリな話。
正直あまり明るくはない。しかし掛け値なしのバッドエンドというわけでもない。
なんて微妙なライン。
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   <title>05.識る人々</title>
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   <published>2007-12-10T06:33:26Z</published>
   <updated>2008-01-29T17:50:19Z</updated>
   
   <summary>記憶を辿り　そのなかに幸せを見つけ出して</summary>
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      <name>野道</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://08140305.com/main/">
      　彼らの数年間を識る者は少ない。
　いささかに長くなるが、その数少ない人々を、彼らの話とともに挙げる。
　
　
　
　シャルスが赤ん坊の頃から世話係として付いていた老爺がいる。
　彼は言う。
　
　それはそれは素直なお子でした。満足に遊んでやることもできない私に我が儘も言わず、手を煩わせることもなく、大人しい子で、だからなおさら、私はその姿を見ているのが辛かったものです。愛らしい笑顔を浮かべる度、もしもあんな先行きを見なければ、人の中で普通に育てられていたならば、きっと多くの人に愛されただろうに、と。
　我が国は神の国、よって神の御心を知る手段として星見を行い、その結果に従って治められております。節目には必ず星を見ます。しかし皆様よく勘違いされますが、星見というのはね、絶対の予言ではないのです。天災などはともかく、人の運命に、けして絶対という言葉はありません。たとえばあなたがいずれ素晴らしい成功を収めるという託宣があったとしましょうか。それに安堵して自分を磨く努力を怠ってしまっては、折角の成功も泡沫と化してしまいます。
　可能性なのですよ。私たちがたどり着き得る数多の未来の中でも最も確かに輝くものを神が私たちへ教える、それが星見です。私たちの努力、あるいは怠惰次第で、その未来は光を失い、代わりに別の未来が輝きを増す。星見は私たちが望む未来へ進む為の手助けなのです。
　生まれたばかりのときからすでに整ったきれいな顔立ちの赤子でした。兄君と二人、美しい刺繍を施された布地にくるまれて、すやすやと眠っていたかわいい顔と小さな手を思い出します。双子の王子は不吉な存在とはよく言われますが、そんな迷信など吹き飛ばしてしまうほど可愛い赤子らで、まるで天使のようで。いずれ父君を、国王陛下を手にかけるという未来が、あのときどうして最も輝いていたのか、私には今でもわかりません。
　ノイエリーフェ様ですか。あの方もまた、優しい、可愛らしいお子でした。小柄で華奢な身体のどこに、あんな力を抱いていたのでしょうね。王家の方々が神の御子ならばノイエリーフェ様は神に愛された子だと、皆が賞賛したとか。
　幼少の頃は病弱だったと聞いております。私はあの地下の街で、ノイエリーフェ様が身体を壊されないか気を揉みました。
　本当は、あの太陽の当たらない街での生活は、あの方にとって負担だったに違いありません。事実、四季折々の歳事や、国王陛下、皇太子殿下の誕生祝いのために国に戻ると、式典の後で数日は伏せっておられたとか。実家に帰られる度に地下での生活の疲れが出ていたのでしょうね。
　年を経る毎に少しずつ、少しずつ、痩せていかれたようにも思います。ですがあの方は一度も――少なくとも、シャルス様、が、いるところでは、一度たりとも具合の悪い素振りは見せなかった。
　いつも、笑っておられました。
　不思議なものです。どんなに幸せな日々を送る人でも、四六時中笑っているなんてことはない。ノイエリーフェ様にしても、淋しげな様子を見せたことも、シャルス様の無茶に困った顔をされたこともあった筈です。いえ、あったのです。私はそれを覚えているのです。それなのに、笑っておられた顔しか、思い出せない。
　――本当に、不思議なものですね。
　あの陰鬱な地の底で、私も確かに安らぎに似たものを感じていた。
　今でも、あの地下で過ごした日々を思い返すとき、私がこうして脳裏に描くことができるのは、穏やかな幸せだけなのです。
　
　
　
　たった一人、ついていくことを許された召使いがいる。彼は色盲の上弱視で、自分と共に暮らしている人間が皇太子と瓜二つであることはわからなかった。そしてまた愚直なほど真面目で勤勉な人間だった。主人の命は何を置いても違えることなく、秘密は必ず守り抜く。幼い時分からクローデルの家に仕えてきた彼は、その間積み上げた信頼によって、留学という名目で地下の街に行く末っ子への同行を許された。
　当時を思い返すとき、彼は何かを懐かしむような惜しむような遠い目をする。
　
　留学に行くというのに誰も供を付けないという話だったのには驚きました。だってノイエリーフェ様は身体も丈夫ではないし、慣れない土地で知らない人間ばかりに囲まれて、倒れてしまわれやしないかと私は心配しました。
　ノイエリーフェ様は生まれた時から存じ上げております。私がクローデルにお仕えしたのは、あの方がお生まれになられる二年前からでしたので、赤子の頃からお世話したのはノイエリーフェ様だけで。こう言っては失礼に当たるかも知れませんが――ええ、身分というものがね、違いますから、でも――まるで、弟のように思っていたのですよ。ああいや、十五ほども年が離れておりますから、我が子のように、と言った方がいいかもしれない。
　私はこちらの家に仕える前にいくつか名門の家に奉公に出されたこともありましたが、貴族のお子様というのは、酷い子も多いもので。私の目がほとんど見えていないことを知ると、それはそれはしつこく嫌がらせをしたものですよ。ところがこちらのご兄弟は、皆、素直でお優しくて、私に悪戯を仕掛けたことは一度もなかった。あの悪戯好きだったお二人もです。
　中でもノイエリーフェ様は、私を見つけるとドアを開けてくださったり、落として気付かないものを拾って渡してくださったり。こう言っては何ですが、貴族らしからぬ方だ、と。尊大さなど全くない、どちらかといえば純朴という表現がしっくりくるような方でした。私はあの方を本当に、心から、お慕いしていたのですよ。勉学も兄弟で一番で、末はきっとご立派になられると信じておりました。
　だから留学の話を聞いたとき、私はご主人様に散々申し上げました。何故誰一人供をつけないのかと何日も何日も食い下がって、よくぞまあ暇を出されなかったものだと今思います。十日ほども言い続けたでしょうか。ついにご主人様から、本当は留学では無いのだとお聞きしました。
　何でも、あと数年は人前に出すわけにはゆかない方を、酷い話だと思いますが、まだ年端もいかないというのにどこやらの廃墟に閉じ込めてしまうのに、ノイエリーフェ様が供をするとか。その方の素性？　それは当時は知らされませんでした。ご主人様がおっしゃらないことなら知る必要も無いことです。まさか皇太子殿下の弟君とは思いませんでした。考えてみればノイエリーフェ様が供をするということはあの方より身分の高い方なのですから、王家に連なる方だというのは自明なのですが。
　私は自分がついていくと申し上げました。最初は許して頂けませんでしたが、これも何日も何日も繰り返している内にご主人様が折れました。アナイス様の口添えも大きかったと思います。アナイス様もやはり、ご老人一人しかついてゆかないというのは心配だったのでしょう。いえ、目のよく見えない私がいかほどの助けになるかは疑問ですが、家具の配置さえ覚えれば、お世話することくらいはできますし。
　――シャルス様のことは、本心を申しますと、最初は少し疎ましく思っておりました。あの方がおられなければノイエリーフェ様があんな不便な場所に赴かれる必要などなかったのですから。勿論ノイエリーフェ様ご自身がそれを決められたのは承知です。それでも、素晴らしい成績で神学校を卒業されて、私にはあまりよくわからないことですが、見目も大変よろしいとか。身分もご存じの通りですから、何不自由ない人生が約束されていたのに、お世話する者もろくにいない生活をする羽目になるなんて。
　けれどもしばらく一緒に暮らす内に、私もシャルス様がいつの間にか好きになっていました。憎めないのですよね。素直で、一生懸命で。いつもノイエリーフェ様の後をついて回っていましたよ。そんな様子が微笑ましくて。ああそう、あの方も優しかった。そしてまるで平民の子供のようでした。口汚いだとか仕草が雑だとかいうのではないのですが、何といいますか、親しみやすさが。シャルス様はご自分の本来の身分をご存じだったということですが、そのように育てられなかったのなら仕方のないことでしょうか。
　シャルス様は本当に、ノイエリーフェ様がお好きでした。いつも一緒でした。
　よく居間で眠ってしまわれたのを覚えています。ほら、小さな子供というのは早寝でしょう。シャルス様はノイエリーフェ様より四つほど年下でしたか。ですから遅くまで勉強しているノイエリーフェ様と同じ時間まではね、起きていられないのですよ。でも一緒にいたいものだから、ずっと居間で頑張って、大抵はノイエリーフェ様の隣でうとうとして。
　ノイエリーフェ様は小柄なほうでしたから、あちらへ行って少しした頃には、シャルス様を寝床まで運んで行くことが出来なくなってしまいました。何度も二人がかりで運んだものです。抱き上げるだけなら私だけでも充分なんですけど、何せ目がこれでしょう。ベッドに寝かせるつもりが床に落としてしまいかねませんから。
　そうそう。一度ね、ノイエリーフェ様が実家に戻っておられたときに、ぽつりとシャルス様が呟かれるのを聞きました。

　他になにもいらないのに、と。

　十五の誕生日が近い頃だったと記憶しています。
　私は何も聞き返しませんでした。シャルス様は、口に出したことを気付いておられないようでしたから。
　どうしてそんな言葉を口にしたのか、私には察することしかできません。何を思っていたか、それはもうシャルス様だけがご存じのことです。ただ、私には、その理由がわかる気がします。
　本当に本当にシャルス様はノイエリーフェ様がお好きでした。だからあの方はきっと、自由が少し怖かったのです。あの方にとっては、光の届かない辛気くさい地下で当たり前の自由さえ何一つ無いまま過ごすことよりも、ノイエリーフェ様と離れることのほうが耐え難かったに違いありません。
　ノイエリーフェ様は王族に次ぐ身分です。相応の役目も御座います。あの方自身が地位や権力を誇ることなどけして無い方でも、本来ならばそれなりの地位にある者でなければお目通り叶いません。幽閉が終わり自由を手に入れる日は即ち、シャルス様が、王族に連なる存在であるという真実を捨てる日だったのならば、それが別れの日だったとしてもおかしくはなかった。
　――あの方は、自由さえいらなかったのです。ただ、…ただ、一緒にいたい。それだけでした。あのころにはもう、自由を待つことさえ、自由になれたならきっとノイエリーフェ様が哀しい顔をすることはなくなるからというだけだったのでしょう。
　私は少し、シャルス様の気持ちがわかります。
　幽閉など早く終われば良いと願っていたはずなのに、今、あの日々を懐かしく思います。
　ごく限られた人間としか顔を合わさない閉じた日々に気が滅入ることもありました。光にあまり意味のない私にすら薄い闇のような光しかない地下は時に苦痛でした。けれど互いに愛しみあう二人は微笑ましく、穏やかに静かに暮らした日々は、あえてひとつの言葉で言い表すのならば、幸せでした。
　自由は、それは喜ばしい。でも同時にこの幸せも終わるのなら――そんな日はこなくてもいいと。
　私でも、思うことがあったのです。
　
　
　
　クローデル家の子供は皆で五人いた。上から順に、長兄アナイス、長姉ダナエ、次兄シュバルツ、三男ヴェルセン、そして末のノイエリーフェ。ノイエ一人だけ年が離れていたせいだろうか、ノイエ自身のおっとりした性格もあったのか、喧嘩などすることもなく、兄姉達は皆小さなノイエを可愛がった。
　彼らは首都を離れることができない両親の代わりに、それでも彼らも多忙故ごく稀にではあるが、代わる代わるひっそりと地下の街を訪れ、そこで暮らす四人を見舞った。
　彼らもまた、可愛い末っ子の、一般的にはどう贔屓目にも不幸としか言いようのない地下での生活を語るとき、愛惜を瞳に宿す。
　
　ノイエがシャルスのところへ行くのに送り迎えするのは昔は私の仕事だった。あの頃は父以外には、シャルスが居る塔へゆけるのは私しか居なかったからだ。けれどすぐにあの子は術を覚えた。私が駄目だと言って手を貸してやらずにあの子の無茶を止めることはできなくなってしまった。あんなに早く、人の手を必要としなくなるとは思わなかったね。
　天才だ何だと皆言った。あの子は確かに私たち兄弟の誰よりも術の能力に恵まれていたけど、あの年であれだけの術を手にするために、いかに努力を重ねたのか、知っている者はどれだけ居るだろう。小さい身体で寝る間を惜しんで本を読んで勉強ばかりして、だから小さかったのかもしれない。
　そう、精神力には十分すぎるほど恵まれたその代償というわけでも無かろうが、体力は本当に乏しかった。特に地下での生活が始まってからというもの、年々弱っていくのを見ているのが辛かった。数年の間、私は会いに行く機会が無いに等しかった。そうするとね、たまに帰ってきたときなどに、いつも、ああ前に会ったときより痩せてしまったと思うんだ。毎日顔を合わせていたら気付かない程度だったのかもしれないが。
　小さな頃を思い出すよ。私が一番年長とはいえ、他の兄弟達は年が近かったので、生まれた時のことははっきりとは覚えていないのだがね。ノイエが生まれたとき私はもう十になっていた。あの子のまるめた手のひらを、自分の手ですっぽり覆ってしまえたのに驚いたのが妙に記憶に残っている。赤ん坊というのはこんなに小さなものかと。
　生まれた日にあの子と同じ名の木を庭の一番日当たりの良い場所に皆で植えた。母の好きな花だ。華やかだが上品な白い花だよ。今年もよく葉を出しているから、花の季節になればさぞかし美しいだろう。植えた当初は根付きが悪くてずっと小さいままで、枯れてしまうのではないかと心配したものだが、その内勢いよく伸び出した。
　ノイエは結局その苗木の高さに追いついたことがなかった。あの子は小柄だったから。
　不思議なものと言おうか、ノイエがあの地下にゆく前に拾ってきた捨て猫がいるのだが、あれはあの木が気に入りで、気付くとそこに登っている。同じ名前だと知っているのかどうか。この間は枝で眠っているのを上の弟が驚かせたものだから、危うく落ちるところだった。
　拾ってきたときには生まれたばかりの子猫だったから、母猫に何も教わらなかったのかもしれない。どうにも猫にしては鈍い。もしかしたら自分を人間と思ってやしないかと疑いたくなる仕草も見せる。ノイエの弟みたいなものかも――ああ、弟みたいだったのはシャルスの方か。
　知っていた。ノイエがシャルスを大切にしていたことも、シャルスがノイエを好いていたことも。ずっと前から知っていた。それを承知で、私はノイエが地下に行くのを止めさせようとした。止めたかった。それが叶わないことも知っていた。何度私が行くと言っても、陛下は首を縦に振らなかった。振る筈が無いこともわかっていた。
　理由？　陛下が私ではなくノイエを行かせた理由か？　お前は跡取りだからと陛下は繰り返されたが本当は、いいや、今更言っても詮無いことだ。今更だよ。
　後悔というのとは少々違うか。悔やみようもないほど、できるだけのことはしたのだから。
　ただ、遣る瀬ない。
　いつから、祈るということに意味を見出せなくなっただろう。祈って何になる。神は助けてなどくれない。いいや私たちの小さな弟をあの薄闇に追いやったのはいわばこの国に暮らす者にとっての神そのものではないか。
　司祭の服と十字架は私にとってはもう神への信仰の証ではなく戒めだ。
　不信心者よと笑うかね？　だがこの世界の何処かに神が真実おられるのだとしても私の心にはもういない。
　私は――神など信じない。
　…もうすぐ春が来るな。シャルスが生まれた日のことを思い出す。そういえば初めてノイエをシャルスのところに連れて行ったのも、同じ季節だった。よく晴れた、けれど寒い日だった。
　あの日の、私の手を握りしめる小さなノイエの手の暖かさが今も残っている気がしてならないよ。帰り道泣いていたあの子にかける言葉は見つからなかったけれど、いつかそんな風に泣かなくともよくなるようにとあの日はまだ祈ることができたんだ。
　私はあの子の手を引いて歩いた日々を忘れない。幸せに導いてやれなかったことを、忘れない。
　生涯…忘れない。
　
　そうですね、私はノイエがあの地底湖に浮かぶ島に行く前の年に嫁ぎましたので、あの子が行ってしまう前にもう、会う機会は随分と少なくなっていました。嫁いだとはいえ騎士団での役職には継続して就いていましたが…私も騎士の端くれですよ、国を守る為に戦う覚悟は男の方たちに負けません。ええ、ですから騎士団にはほぼ毎日のように顔を出していましたが、あの頃ノイエはまだ神学校の生徒でしたから、王城ではユリスファータ様のお部屋に伺うだけで、顔を合わすことはほとんどありません。たまの里帰りと折々の式典の時に話をするくらいでした。
　それですから、普段はノイエがいないことを意識に上らせることはあまり無かったのですが、それでも急な用事などで実家へ参りますと、いつも話をしにきてくれたあの子がどこにもいないので、違和感といいますか、何だか物寂しさを感じました。一緒に暮らしていた両親や兄弟たちは尚更だったでしょうね。
　特に下の弟たちは、私や兄に散々叱られていた反動でしょうか、年が離れて生まれたノイエを殊の外可愛がっておりましたので、あの子がシャルスのところに行くことは気にくわなかったようです。一度悪戯をしてシャルスを酷く泣かせたことがありました。それでシャルスは一人になるのを寂しがって泣くようになってしまって、兄とノイエは困り果てたとか。ええ、兄はそれはもう弟たちを叱りました。今となっては、それさえ懐かしい。
　兄、ですか。
　いつも冷静で、表情を変えない人です。一番年が近いのが私ですし、私が騎士団勤めですから、王宮で国政に関わる兄とは、仕事のことも含めてよく話をしましたが…何を考えているかわからないとかいうのでは無いのです、自分の考えは理路整然と話してくれますし。ただ、どう感じているかは、なかなか分かりづらい人ですね。何せ表情に出しませんから。
　騎士団に所属のノワールという…ご存じですか。剣の腕と任務遂行の確実さでは騎士団随一の人で、危険な任務やあまり表に出せないようなことでもよく任されます。彼もまた表情を全く変えない人です。一歩間違えれば得体の知れないと言われてしまうような。彼は出自が定かではありません。私が言うのも何ですが、王城というのは生まれがなんだ身分がどうしたと五月蠅いところですから、陰口を叩く者も多くて。王が彼を重用するものだから余計酷かった。暗殺者あがりだから裏の仕事に使うのに丁度良いのだとか噂している者もおりました。当の本人がそんなことなど意にも介さず一人黙々と任務をこなしてゆくので、陰口を叩いている側が尚更滑稽でしたが。
　そうそれで、ノワールと兄は、巷では無表情の双璧とかよく言われておりますね。低目の声で淡々と要点だけを述べる様や、普通の人間なら大いに驚くようなことでも表情ひとつ変えずに聞くところなどは、確かに似ているかしらと、妹の私も思います。二人話をしているのを何度か見かけましたが、顔立ちも何も全く違うのに何だか雰囲気が似ていて、私は思わず笑ってしまいました。
　二人をくくって冷徹な人間だとそしる人もいます。酷薄だとすら言われます。一切の感情を廃したようにすら見えるノワールは致し方ないとして、兄も徹底して厳格ですから、そうやって煙たがられるのは仕方のないところもありますね。兄には私もよく甘さを指摘されたものです。稽古にしても、任務に対する姿勢でも。けれど私は、兄が、誰よりも自分自身に一番厳しいのを知っておりますので、その言葉を素直に聞くことができました。
　あの数年間、誰よりもノイエとシャルスの処遇に心を痛めたのは――兄だったと、私は思います。
　冷静ですが、冷酷な人ではありません。幼い子二人をあのような場所へやることしかできなかったことに責任を感じておりました。せめて、あの数年間、二人が不幸ではなかったと思えたら、まだ救われるかもしれませんが…
　兄はもう司祭としての父の職務を半ば以上肩代わりしていました。皇太子殿下の筆頭従者でしたから、二人の様子を見に行くこともほとんど叶いませんでした。陰気な地下で、それでも二人は笑っていたと、弟たちは言いますが、その様子を実際に目の当たりにすることが滅多に無かった兄は、果たして心からそれを信じられているでしょうか。
　兄が一体何を思っていたのか。それを考えると心が痛みます。
　この剣？　古びているでしょう。もう何年使っているかしら。私の手に一番馴染んだ剣です。戦など無くても戦うことは多々あります。たとえば先日などは国外れの山中に拠点を持つ盗賊団の掃討に赴きました。討伐隊には上の弟もおりましたね。勿論人も切りました。罪悪感など感じたことは一度もありません。国を、そこに暮らす人々を守るために得た力です。平穏を脅かす者は容赦いたしません。
　けれど最近時々それが揺らぎます。いえ、切ること自体、ではなく。
　私は強くなったと自分で思っておりました。昔は剣を持ち上げて振り回すだけで精一杯だったものですが、今は自分の振り抜く剣の切っ先がどこをどのように薙いでいくか手に取るようにわかります。相手の剣が自分に届くか空を切るか、瞬時に判断することもできます。騎士団でも私に敵う者はあまり居ないのですよ。
　守るために、私は強くなりました。でも私は愛する人を守れたかしら？　あんな年端もゆかぬ子供二人暗い地下の街に行かせることしかできなかった私が何を守れるというの？
　この力に、何か意味があるのか、と――時々思います。
　そういうときに決まって二人の笑顔が浮かびます。私の記憶の中で、楽しそうに幸せそうにあの子達は笑います。
　泣きたく、なります。
　もう二度と――もう二度と、あんな思いはさせたくないし、したくない。
　そのために何ができるのかと私は日々自問します。考え努力し続けることが、私の答えです。それが正しくても、間違っているとしても、私にはそれしかできないのだから。
　
　私は…ああもう、俺でいいか。いいよな。堅っ苦しいのはどうにも慣れないよ。ヴェルセンも昔は俺と似たような喋り口だったのに、いつの間にかあんなすました口調になってるんだから驚いた。
　ちっこいシャルスに悪戯しかけて思いっきり泣かせて兄貴に大目玉食らったことはよく覚えてる。一時間以上機嫌最悪の物凄い声で説教されて忘れるなっていう方が無理だろう。年も三つしか変わらないのに何だってあんな威厳満載なんだか。ああその悪戯だけど、軽率だ馬鹿だって言われても、まさかシーツ被っておどかすだけのつもりがあんなことになるなんて考えもしなかったんだ。本気で泣くまで虐めてやろうとか思わなかった。
　でもあのことが無かったら、俺はずっとシャルスのことが嫌いだっただろうな。もしかしたら今もずっと恨んでいたかもしれない。何でノイエを連れて行ったんだ、って。
　ヴェルセンがノイエを部屋から連れ出した。一人座り込んでたシャルスを驚かせるのが俺だった。シーツをかぶって部屋に飛び込んだ俺を見てあいつは最初きょとんとしてた。それからみるみる表情を強張らせた。まぶたの内側で涙がうっすらと目を覆っていくのがシーツを破って作った覗き穴から見えた。俺はきっと泣き出すと思った。でもあいつの唇が開いて一番最初に聞こえたのは泣き声じゃなかった。
　ノイエをどこにやったの。
　あいつはそう言った。
　ノイエの代わりに俺が部屋に入ったんだけど、そしたらそれを見たシャルスは部屋の外でお化けがノイエと鉢合わせしたんじゃないか、それでノイエが戻ってこないんだからノイエはお化けに食べられちゃったんじゃないかとか思ったらしい。ガキが頭働かせて考えたにしては賢いもんだろ。
　それで泣きながら小さな手で俺のことぽかぽか叩いて、ノイエをかえせーって言うんだ。
　俺は困って何も言えないし何も出来ないまま突っ立ってた。今更悪戯でしたなんて本気で泣き喚いてるあいつに言い出せないし。どうしたもんだろうと思ってたらヴェルセンを振り切ったノイエが息を切らせて部屋に戻ってきたよ。その姿を見るなりシャルスはノイエに飛びついて、疲れて眠っちまうまで泣いてた。
　――きっと、さ、あいつは大きくなったら、強くなるんだろうって思った。
　あいつは怖いとか助けてとかそんなことは一言だって口にしなかった。俺を本物のお化けと間違えたんなら、本当に怖かっただろうになあ。自分を助けてって言うよりも先に自分の大事な人間を気にかけるのは強くなれる人間だ。そうだろ？　たとえそんときは弱っちくても。
　俺はあのとき、シャルスがちょっと好きになった。見所あるガキだなっていうか。だから俺は今だって、あいつのことを恨まずにいられる。あいつがもっと嫌な奴だったら、ノイエが苦労したのは、あいつのせいだって言えたかもしれないけれど。
　…兄貴が選ばれなかった理由？　あの地下の街へ同行するのにか？
　ああ、うん、聞いたことはある。でも兄貴が答えなかったのなら、俺が言うことじゃないな。はっきり陛下がそうおっしゃったわけでもないんだ。ただ兄貴がそう考えてるってだけの話で。
　俺が兄貴からそれを聞いたのは多分何年か前のユリスファータ様の聖誕祭の後じゃなかったかな。その後で俺と兄貴で飲んでたときだ。ヴェルセンは騎士団に詰めてたんでいなかった。
　兄貴は珍しいことにかなり酔ってた。あの人滅多に飲まない上に飲んだら底なしだから早々酔わないんだけど、その時は俺も兄貴も飲んだ量が半端なかったし。
　何かの拍子に兄貴がいつもつけてるロザリオのうち一つの鎖が切れて十字架が膝の上に落ちた。鎖が傷んでたんだな。兄貴は大きな傷のあるそのロザリオを後生大事にしてたけど、何せ毎日つけてたもんだから。
　兄貴はそれを見て、持ってたグラスをテーブルに置いて、膝の上に落ちた十字架を手にとって