逆転裁判

そらいろ

20030113 ミツナル というか ミツ→ナル というか。お題より「クレヨン」。

 
 

 物置の掃除をしていたら、妙な紙の束が出てきた。何だろうと思い丸めた紙の輪ゴムを外すと、それはクレヨンで描かれた絵だった。
「わ、それ、子供のころに描いた奴じゃないのか?」
 手伝いをしていた成歩堂が後ろから覗き込んでくる。
「見てもいい?」
 まだ掃除中だ、とか。
 手伝いに来たんだろうに、とか。
 そういう文句は、興味津々できらきらと眼をかがやかす成歩堂にはどうせ無意味だろうとため息をつき、御剣はその画用紙の束を成歩堂に手渡した。
「クレヨンで描いてあるってことは、描いたの小学生とかだよな」
 上手いなぁ、と素直に感嘆しながら成歩堂は紙をめくってゆく。
 その画用紙は、ただひたすらに、木や、公園や、花、家、ビル…、たくさんの景色を何枚も何枚も描いたものだった。人は一人もおらず、景色だけの風景画。
 そして決まって、夕焼けの空だった。
「クレヨンで描いた夕焼けでこんな綺麗なの、初めて見たよ」
 にっこりと御剣に笑いかける成歩堂に、御剣は少し眼を見開き、小さくうなずき、それからゆるゆると、曖昧に笑い返した。
 赤い赤い空ばかりが続く風景画を、おかしいとも思わず成歩堂がただ素直に綺麗だと褒めたことに安堵した。
 
 それを描いたころのことは今でも覚えている。けして忘れられることは無いだろう。
 毎週繰り返される絵の時間。それがセラピーと呼ばれるものであることも、その目的とするところも、あのころの年端もゆかぬ自分はすでに知っていた。
 ことさらにあたたかさを強調した部屋が嫌いだった。
 はれものに触るように扱われることも不快だった。
 可愛げの無い子供だとは思う、だが。
 本当に、嫌いだったのだ。
 空といえばいつも夕焼け空しか描かない子供を、大人たちはどう解釈しただろう。大人たちの言葉の断片で、それが良いものではないだろうことも、青空を描いてやればよいのだろうことも、自分は分かっていた。それでも一度も描かなかった。
 他の色ばかりが減ってゆく買い与えられたクレヨンの中で、青ばかりが、真新しく長いまま残る。
 どうして青を使わないのと、何度聞かれたか。
 
 傷ついた心が空を血の色に塗らせたのではない。空の色なんて如何でもよかった。たとえば緑でも紫でも黒でも。しかしそんな色で塗れば大人たちを驚かせることは分かっていたから、夕焼けの朱色を選んだのだ。
 ただ、青色を使いたくなかっただけで。
 
 知っていたから。
 自分の描く絵で大人たちは自分の心を判断すると。
 そして、自分の心がけして綺麗なものでないことも。
 だから
 大人たちの前で、青色は使わなかった。
 青色を汚したく、なかった。
 
 その心を、今、綺麗だと言ってくれる君に
 泣きたい気分になる。
 
 目の前のパーカーは眼が覚めるような鮮やかな青
 
 いつかの日に 君が好きだと笑ったそらのいろ。

 
 
 
 
 
 
 

20030113 released
お題「クレヨン」で書いた物。
私の中では御剣はひねた子供時代を送ったというのがデフォルトになっています。
あの性格であの境遇ではとうてい素直な子供にはなるまいて。

 
November 22, 2007
 
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