逆転裁判
花をうえるひと
2003/01/14 ミツナル 荒れたこころに水をまき花をうえるやさしい手
朝起きたら頭痛が酷かった。風邪や肩こりのせいならば薬で抑えられるのだが、偏頭痛は痛みが酷くなってからでは市販薬は効かない。生憎専用の薬も忙しさにかまけて切らしていた。よりによって公判のある日に、と酷く忌々しく思いながら出勤した。
というわけで御剣の眉間には今朝から二割増の深い皺が刻まれ、周りの平職員は一体何が気に障ったかと戦々恐々であった。そして怯えるあまりの汎ミスが相次ぎ、眉間の皺はますます深さを増すばかり。
そんなこんなで、夕方公判が終わりを告げるころには、頭痛も疲労も限界に達していた。
頭痛もちでない人間は、たかが頭痛、と哂うこともある。しかし、だ。一度なってみるといい、唯でさえ痛みは人間の判断能力を鈍らせる。しかもものを考えたいときに、その考える中心の存在する部分が延々と痛み続けるというのは半端ではなく苦痛なのだ。
もう薄暗い廊下に人の気配はほとんど感じられない。窓の外には紺色へのグラデーションが滲んでいた。
切れかけの蛍光灯が時折うっすらと瞬く自動販売機コーナーの安ソファに座り、床の模様に視線をさまよわせながら、頭痛の原因だと医者に釘を刺されたものを頭の中で並べ立ててみる。
いわく、ストレス、不規則な生活、睡眠不足、栄養不足、人ごみ、アルコール、ホルモンバランス。
揃い過ぎるほど揃って、逆にどれが理由やら。
果ては性格までも理由の一つに入れられていたような気がする。確かにそうかもしれない。
自分の心は、草も木も無い野っぱらと同じようなものだ。何も無いし、何も育たない。いつかのテレビ番組で見た、荒んで乾いた不毛の土が脳裏をよぎる。
ふう、と知らずこぼしたため息を拾うように。
「お疲れ、御剣」
いつの間にかそばに来ていた成歩堂が、顔を覗き込んで笑った。
「ああ、成歩堂。君も終わったのか。長引いていたな」
顔を上げた御剣に、成歩堂はうん、と一つ頷くと、自分のコーヒーを買いに自動販売機に足を向ける。
「今日は民事だったんだ。離婚訴訟。相手が物凄いごねてね」
ここまで持ってくるのも大変だったけど、これからも十分大変そうだよ、と、湯気が立つコーヒー片手に成歩堂は苦笑いし、角に座る御剣の斜め前に陣取った。
成歩堂の表情は、困っているときの顔でさえ、不快ではない。
そんなことを思いながら何となしに視線を外せず、あちち、などと言いながらコーヒーを飲む斜め45度の顔と、紙コップを包む両手を見ていると。
「また、頭痛いのか?」
片手が、額に当てられた。
「な…」
「朝からずっと、眉間に溝つくっちゃってさ」
手のひらがあたたかい。それはつい今しがたまで持っていたコーヒーの熱でもあり。
それ以上に、彼の温度だ。
言葉無く黙る御剣に、成歩堂はさらに続ける。
「ほら、もうコーヒーほとんど飲んじゃったんだろ? 壁にもたれて、目、閉じて」
逆らう理由も見つからず、言われたとおりに目を閉じた。すぅっと、溶けるように、意識が額の手のひらに向く。
けして押さえ付けるのではなくやわらかく、一番痛む場所をそろりと包み込む。
「僕はさ、頭痛いとき、こうやって手で触ってるとちょっと楽になるんだ。薬効かないんなら、少しは足しにならないかな?」
彼の表情は見えない。
けれどきっと、優しい顔をしている。
微笑っている。
額の手に、自分の手を重ねた。
自分のどこが痛むかを、たやすく見つけ出す手のひら。
あたたまるのは、どこだろう。
ふと思い出す話がある。
それは本当の出来事だと教師は教えた。
彼は、何も育たなくなった荒れ野に、来る日も来る日も木を植え続けたのだという。
誰が馬鹿にしても 無駄だと笑っても 一本、また一本、少しずつ、だけど確かに、一本ずつ、森の礎を。
よみがえった森を描いた挿絵の緑を、子供心に綺麗だと思った。
額の手のひらを握り締めそのまま引き寄せ、抱きしめる。かた、と、空の紙コップがフロアに落ちる乾いた音がした。
「…なるほどう」
意味も無く名前を呼んだ自分の肩に、成歩堂は頭をのせて。
うん、と小さく頷いた。
涙を気づかれたくない自分を、もう知っているかもしれない。
15年の月日が流れても君は変わらずに笑う。
…そうして私のこころに花をうえる。
そんなものは必要ないと言っても 育たないと、突っぱねても。
冬の荒れ野のまんなかに
春はいつかくるのだと
自分の手が冷えるのもかまわずに。
「なるほど…」
静かな廊下の向こう側、繰り返す名前は掠れて消えた。
彼は黙って、ただ腕の中におさまっていた。
君は笑いながら少しだけ芽を出した緑を包み込む
君の手が凍えてしまう前に
私のこころには花が咲くだろうか
そうしたら
次の冬には君をあたためることができるだろうか。
2003/01/14 released
当時やっていたお題のss このssのお題は「荒野」でした
思えば酷い曲解を連発したものです
どうやっても逆転裁判では普通なら書けないようなネタも入っていたので
仕方ないとはいえなんともはや
これは実際に小学校の教科書に載っていた話を引いています
ジャン・ジオノ「木を植えた男」
絵本にもなっているはず 挿絵が綺麗でした
November 8, 2007
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