逆転裁判

自由の牢獄

ミツナル 2003/02/16 無数の選択肢は牢獄

 
 

 夜に向かう薄闇の紫に淡い桃色。
 早咲きの桜はまだ肌寒い空気の中、満開にその花を咲かせていた。
「ほら、綺麗だろ?」
 気の早い夜桜見物に誘った張本人が、満足げに唇をほころばせている。
「調べ物した帰り道に見つけたんだ。君にも見せたくて」
 雨が止んだばかりというのに公園に行きたがる彼を、御剣は何事かと思った。まだ小中学校の入学式も終わらない今、こうまで見事に咲いた桜があるとは想像だにせず、また、気にもしていなかったので、わざわざ雨上がりの冷たい空気の中公園に行く、しかも途中のコンビニで酒など少々買うのを見るに至り、正気の沙汰ではないと呆れていたのだが、確かに湿気を含む外気で煙る桜は綺麗だった。
「…ああ」
 短く返した言葉に、成歩堂がさらに目を細めた。
 25にもなって不相応に無邪気なものだ。そして御剣が、桜を見られたことよりも、そうやって笑う顔を自分だけが見られることに喜んでいるのに気づきもしないのは鈍感だ。
 咲けば散るのが桜という花で。風も無いのにひらひらと地面に惹かれる花びらは、おそらく最初に咲きはじめたものだろう。人気の無い公園で、ひっそりと、その短い全てを終える花。
 ふぅっと、地面に目をやった。
 夕焼けに染まる西の空から太陽の残照が桜よりも濃い橙の差した桃色を靴の先に落とす。磨かれた靴の下、光を跳ね返さない土の黒は、爪先に体重をかけると、少し沈んだ。
 雨上がり、冬過ぎて間もない地面には、まだ崩れきらない落ち葉が湿気って積もっていた。公園といっても子供が遊びまわる児童公園の類ではない、緑化計画の産物である広い緑地で、道を外れた其処の地面はどちらかと言うと林や森の中のそれに近く、踏み固められておらず、柔らかい。
 ゆっくりとかける重さを増してゆく。
 靴底が全て隠れてしまうほど、地面が沈む。
 やわく、脆い、其処は、枯葉が朽ちていくさなかで、他にも誰か踏んだ人間が居ただろうし、何処に隠れ場を見つけるのか、この都会でもそこそこには居る動物達が餌を食べたり用を足したりもしているだろう。何よりも雨を吸った土が葉とともにふわふわとまとわりつき身体を汚すことは、勿論大人ともなれば十分に理解していて、しかし尚、其処に横たわりたい衝動にかられる。
 それは。
 死にたいという願望にとてもとても近いのではないか。
 唐突に、そんな気がした。
 桜の下には死体が埋まっていて、だから其れは美しいと言ったのは何時かの作家だ。
 無論戯れ、あるいは桜の人を誘うような美しさを表そうとする文字書きのレトリックだと言ってしまえばそれまでで、だが使う言葉には意味がある。たとえば冗談だと誰かが自身の言葉を笑っても、思いもしていなければそんな台詞はけして出てきはしない。してみると、死体が在るのだと言ったその作家は、戯れにしても、本当にその情景を頭に思い描いたに違いない。そう描くだけの何かが其処にはあったのだ。
 誘う土。
 ゆるゆると、沈む爪先。
 やわらかいその場所と、同じ闇を知っている。
 手に持った、酒の缶がぱきりと音を立てた。
 唐突に。
「御剣、ほら!」
 反対側の手に触れたぬくもりが強く自分を引き寄せるのに促されて顔を上げ、
「あれ!」
 指で差すその方向に目を向けると。
 自分の背中側から差してくる光が、元は白に近い花に紅く色を落とす。
 鮮やかで。
 だがそれは、作家が言ったような、血の色には見えなかった。
 綺麗な、綺麗な、とても綺麗な紅色。
 そう思うのは、隣で笑う彼の頬が、同じ色をしていたからなのかもしれない。
 
 
 闇から連れ出されてお前は自由だと言われたところで何処へ行くことも出来ない
 自由すぎて
 余りに自由すぎて
 何処へ行けばよいのかただ途方に暮れる
 この闇がしあわせでないというのなら
 
 何処へ行けばいちばんしあわせになれる?
 
 わからなくて選べない
 
 
 そうして足元の柔らかさに囚われる自分を
 此処ではない何処かへ連れ出すのはいつも君。
 
 
「嬉しいな」
「何が?」
「だってさ、桜を君と見るのは初めてだよ」
「――そうだな」
「一緒に見られて、嬉しい」


 際限の無い自由は人の身には牢獄

 結局のところ、自分がゆけるのはいつでも君の傍で
 綺麗なものに自分の目を向けるのはいつだって君でしかなくて
 それを綺麗だと思うことさえ君が居るからで
 君が自分の行き先を決める
 
 ただひとつの みちしるべ
 
 
「…ああ」 
 
 同じように
 君を自由から連れ出すのが自分なら嬉しいと
 
 思うのは我侭なのだろうかと
 
 
「私も…嬉しい」


 めぐりくる春の中そんなことを考えながら見詰める横顔がいとおしかった。

 
 
 
 
 
 
 

2003/02/16 released

昔相互リンクしていただいた方にお礼として書いた物
昔っから薄暗いものばかり書いてたなあと今回再録のために昔のフォルダを見直して痛感
タイトル「自由の牢獄」はミヒャエル・エンデの小説より

 
November 8, 2007
 
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