RagnarokOnline ...longing/love
きみのいないよる
短めサブストーリー ひとり過ごす夜
『よいとしを』
毎年聞くその言葉が、彼は嫌いだった。
外は冬なのだろうと思う。けれどずっとこの温度も何も一定の空間に居る自分には、暑かろうが寒かろうが問題ではない。季節の移り変わりというのは日付の進みとほぼ等価で、あまり意味も無かった。
今は一応夜だ。時計は日付が変ろうというあたりを指している。シャルスは一応布団に潜り込んだが、目が半端に冴えて眠れずにいた。
ノイエは居ない。新年の三日前には帰り、明けて十日ほどするまでは戻ってこないのが、毎年の恒例だった。
よいとしを。
年が明けるまではもう会えないのだと、その言葉で、思い知らされる。
去り際に少し笑った顔だとか、それが本当に嬉しいときにノイエが見せる表情ではないこととか、額を撫で髪をすいていった指先のあたたかさとかやわらかさとか、そういうものを、思い出すたびに。会えないことが、寂しくなった。
仕方ない、とは、分かっている。それが理解できないほど、彼は子どもではない。あの家柄だ。たとえ末子といえど、年始の慶事を欠席するわけにはいかない。そして仕方ないからといって無理にでも納得してしまえるほど大人でもない。
彼は毛布から這い出し、そっと部屋を出た。窓の外から入ってくる薄青い燐光が足元をかすかに照らすので、明かりをわざわざ点けなくとも、歩くのに困ることはなかった。
今ここには彼一人だ。だから足音をどれだけ立てようが、五月蠅く扉を閉めようが、聞き咎められることは無い。けれどその誰もいない空間には、ちょっとした音でさえ酷く大きく響き、それでいてどこまでも空虚に聞こえたので、彼は可能な限り静かに歩いた。
ノイエの部屋は二つ先、書斎を挟んで向こう。鍵のかかっていない厚い黒檀の扉はきちんと手入れされていて、とても古いにもかかわらず音一つ無く静かに開いた。
いつもならノイエが居るはずの場所に、ただ静寂ばかりが漂っている。
部屋の壁にはほとんど隙間無く本棚が並べられ、数え切れない本が綺麗に整頓されて仕舞われていた。実家の自室にはもっとたくさんあると聞いた。幼い頃の絵本から果ては神学校で使った教本まで、全て置いてあるのだという。今頃実家で本に囲まれて眠っているのだろうかと思い、シャルスは少し笑った。
部屋は静かだった。普段から散らかしていることはおよそ無いが、年の暮、いつもより丁寧に掃除され整えられた部屋は、人が住んでいる気配が薄らいで、単にノイエが居ないという以上に、その不在をシャルスに突きつけた。
もう小さな子どもでもないのに、ノイエが居ない、それだけで、泣きたくなる自分が、情けなくてシャルスは嫌いだった。じわと熱さを増した目を二度三度瞬いて、それから部屋の隅のベッドに腰を下ろす。柔らかく沈み込むままに身体を横たえると、きちんとたたまれた毛布を広げて潜り込んだ。
良い匂いがする。昔からそうだ。自分とも他の誰とも違う優しい匂いが不思議で、幼い頃は何か香水でも使っているのかと思っていた。同じ物を何か自分の持ち物にでも付けておいたら彼が居ないときでも少しは気が紛れるかと聞いてみたら、ノイエは首をかしげてそんなものは付けていないと笑った。今など使っている石けんも何も同じで、だから当然残り香も変らない筈なのに、どうしてだろう、自分の服や皮膚や髪につく匂いとは違う。
寒い、と、彼は思った。
皮膚は毛布を暖かいと感じている。けれどそれは自分の体温が毛布にくるまれてその中にこもっているだけのことだと彼は知っていたから、やはり寒いとしか思えなかった。ただ自分の部屋で布団に潜り込んでいるよりも、ノイエの気配がかすかでも残っている分、ほんのわずかだけ寂しさが紛れた。その一方で、自分の温もりが移っただけの毛布はノイエの残り香が在ったところで当たり前のごとくノイエではあり得ないので、此処にノイエ自身が居ないことを彼は余計に自覚した。
年など早く明けてしまえば良い。ベッドの上で丸くなって、小さく呟く。
よいとしを。
言われるたび曖昧に笑い返してきた。ノイエに会えるまではただ寂しいばかりの年明けが、良いものであるわけもなく、だからその言葉に辞令としての意味は何も無い。ただ良いものであるようにと願ってくれる彼の祈りにも似た優しさだけを受け取って、寂しさは口にせず年を重ねた。
今年が最後なのだ。
次の春が来れば自分は十五になる。そうすれば自由になれる。
自身にそう言い聞かせ、シャルスは目を閉じた。
この謂われのない拘束から自由になるための代償として、地位も、国も、自分の存在以外の生まれ持った全てを捨てると誓うのを、彼は恐ろしいとは思わなかった。恐ろしいのはノイエを失うことだけで、だから気がかりは唯一、王族に次ぐ身分のノイエが、自身以外に何一つ持たなくなる自分と一緒に居てくれるのか、それが許されるのか、そんなことばかりだった。
きみも、よいとしを。
ここにいない愛するものの幸せを、彼は祈った。
自分を愛し慈しんでくれるひとが幸せであるように、そして願わくばその幸せのなかに、自分の存在がほんの少しでも意味を持てるようにと。
静かに静かに、薄明るいままの夜が更けて、時は過ぎ、年が明ける。
ゆっくりと眠りに落ちていく瞼に、優しいひとの笑顔を、思った。
きみとしあわせになりたい ただそれだけ
2007正月更新のつもりで1月前半に書いたのに
めったくそに忙しくて結局更新がこの有様です_| ̄|.......((○
新年早々このほの暗さ、おまえシャルスくん幸せにするつもりないだろって
知り合いに言われました(反論できず
2007年03月19日 06:49
