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重みと誇りと
「いつも剣を離さないですねえ、隊長は」 呂律の怪しい口調で、一人が言った。 ...
「いつも剣を離さないですねえ、隊長は」
呂律の怪しい口調で、一人が言った。
町の居酒屋の隅で、長期に渡った任務を片付けた祝杯にと、隊の者皆で飲んでいた時のことだった。
「騎士なら当然のことだ」
それなりに飲んでいるはずの彼が、対照的な、一本筋の通った声できっぱりと言い切る。
その言葉を聞いていたらしき数名は、感嘆半分呆れ半分と言った具合の息を吐き、或る者は少し笑い、或る者はテーブルに肘をついて、うちの隊長は本っ当にクソ真面目だと声を揃え口を揃えた。
「お前たちは違うのか?」
怒るでもなく、詰るでもなく、ただ疑問に思ったという風に、彼は尋ねた。
騎士の命は剣である。それはそうですけども。
そりゃあ任務に就いてるときに離しはしませんが、何だって隊長、こんな、休んだり酒飲んだりって時にまで、腰に剣下げっぱなしなんですか。
鎧だって外してるんですよ?
口々に、皆が言った。
酔っぱらいの言うことなので言葉は明瞭では無く、しかも声が重なって聞き取りにくいことこの上ないが、多分それは掛け値無しの本気なのだろう。
折角羽根ぇ伸ばせるんだから、どうせなら重いもんなんか取っ払いたいでしょう。
戦いなんて忘れて。
今だけなんですから。
皆、眠そうにまばたきを繰り返しながら、笑った。
彼は別段、それを悪いとは思わない。
残っていた酒を一気に干して、手にしたコップをテーブルに置く勢いのままうつむくと、腰の剣が目に入った。よく使い込まれた剣だ。間合いも重さも振り抜くときの感触も、触れなくとも手が覚えている。最初は深く彫り込まれていたはずの柄の模様が浅くなるまで使い続けてきた、慣れた剣だった。
それほどに長く剣に慣れていても、腰に下げていてその存在を忘れられるほど、軽くはない。むしろ重い。だから、休暇だというのに剣など下げていたくないという皆の気持ちはわかるのだ。
それが悪いとは、言わないが。
うつむき気味でつらつらと考えている内、手に持ったままだったコップに、酒が注がれる。顔を上げると、長い付き合いになる隊付きのプリーストが、にこにこと笑っていた。
「…カヤ」
笑い返すと、酔って少し赤い彼の頬が、さらにほころんで笑みが深くなる。
「隊長、お疲れ様でした」
彼が差し出した杯に、自分のそれをかちりと軽くぶつけて、お前こそ、と返した。
その手には手袋がはめられているが、その下には絆創膏や包帯が巻かれ、皮膚が半分くらいしか見えなくなっているはずである。
およそ戦いに似つかわしくない細っこい手足に薄い身体で、カヤは、魔物ひしめく洞窟の奥にも、敵兵がどこにいるかもわからない前線にでも出向いていく。そして、傷を受けようとかまわずに突っ込む自分たちを癒し、当然のごとくカヤ自身も、例外なく傷だらけになる。
自分たちのような身体を鍛えた者とは違い、丈夫でないカヤは、酷い傷になると、治癒の魔法で治しても、完全に癒しきれない。カヤはいつも、治りきらない傷に絆創膏を貼り、布を当て、包帯を巻き、時間がそれを回復するのを待つしかないのだ。
何故皆、自分の腰に下がった剣は気にするのに、カヤの外そうとしない手袋には無頓着なのだろう。
周りで酒を飲み騒ぐ仲間と同じように、痛みなど知らぬげに笑うカヤの、服や手袋で隠れた部分に、いくつも傷が残っていることを、皆は知っているのだろうか。
グラスを持つ手に、知らず力が入った。
弾みでほんの少し身体が動き、剣が微かに音を立てた。
剣は騎士の命だ誇りだと、騎士でもそうでない者も、お決まりのように口にする。
その命とは、何を指すのか。
確かに剣は騎士にとって大事なものだ。しかしただ大事だというだけでは、命という言葉に対しあまりにも軽い。
騎士は剣を持つ。そしてそれを手放さぬようにと、教えられる。
それは何故だ。
自分たちを守るそのために、カヤは、精神を鍛え、神聖魔法を修め、引き替えに自ら敵に抗する力を捨てた。ならば、自分たちが剣を持たねば、誰がカヤを守るというのか。
負けるわけにはいかない。自分の負けは、自分だけのものではない。
カヤの死をも、意味するのだ。
カヤが守ってくれる。彼を信じている。だから鎧は外してもいい。分厚い鉄の板は、自分を守るためのものだから。
けれど剣は離さない。
剣が大事だから離してはならないのではない。
大事なものを、守るためのものだからだ。それが、この腰に下げた重みの意味だ。
そう、信じている。
赤みがかったやわらかい明かりが、テーブルに、床に、滲んだ影を落とす。
魔物の住処になっている暗い廃墟の奥で、首都を荒らす盗賊団の征伐をしていた間の陰鬱さが嘘のように、皆明るい表情で、歌い、笑い、楽しんでいる。
酩酊と言うにははっきりしすぎ、さりとて冴え渡っているとはとても言えないような半端に酔った頭で、酒の入ったグラスを片手に、こんな時間がずっと続けばいいのにと、そんなことを考える。
武器なんて使わなくても、大切な人を大切にできる世界になればいい。
そうしたらこんな重みに意味はなくなる。
また一口、琥珀の色の酒を口に含んだ。
と、一際大きな笑い声がざわざわと波のように広がった。何に笑ったのかは、ぼんやりとしていた彼にはわからなかった。ただ、カヤも、嬉しそうに笑っているのが見えた。それが嬉しい。
腰の剣が、また音を立てた。
剣が騎士の誇りなのではなく、笑う誰かを守れることこそが誇りだと、彼は思った。